Retrospective Dining

 21世紀に入ってからもう16年になるが、この間、「昭和レトロ」、あるいはこれに似た表現を耳にする機会が増えた。「昭和レトロ」として再現されるのが具体的にどの時代であるのか、明確なことはわからないが、おそらく、それは、現在60代後半、つまり団塊の世代とその前後の人々にとっての「昭和」なのであろう。すなわち、昭和30年代末までに子ども時代を経験し、昭和40年代後半から50年代前半に社会に出た人々が懐かしく回顧する過去が「昭和レトロ」として生産され消費されている記号であると考えることができる。

 しかし、昭和というのは、足かけ64年間も続いたきわめてながい時代であり、生まれた年が数年違うだけで、「昭和像」はまったく異なるはずである。昭和という年号が使用されていた時代に共通のものというのは、決して多くはないように思われるのである。

 たとえば、昭和10年前後に生れた人々は、小学校高学年で敗戦を迎え、黒塗りの教科書を使った時代を経て、昭和20年代後半から昭和30年代前半の騒然とした雰囲気の中で社会に出て、高度経済成長期に働き盛りの時期を過ごし、そして、バブルの崩壊からしばらくして社会の第一線を退いたはずである。このような人々が思い描く昭和は、団塊の世代の考える「昭和レトロ」とは異なり、よく言えば過去の時代の延長上に位置を占める昭和であり、悪く言えば、キナくさい政治と戦争の時代としての昭和である。この世代にとって、「昭和レトロ」は、自分たちが詳しく知らない若者たちの昭和であるに違いない。

 これに対し、同じ昭和生まれとは言っても、平成になってからの人生の方が長い私のような者――オイルショックは小学校入学前の出来事である――の場合、ものごころがついたときにはすでに東京オリンピックは終わり、東海道新幹線が開通し、人類は月に到達していた。小学校のころに「およげ!たいやきくん」(日本でもっとも売り上げ枚数が多いシングルの記録を持つ)が大ヒットし、「スターウォーズ」が公開された。


 20歳前後で元号が昭和から平成になり、「平成1桁」の時代がほぼ20歳代と重なり、1990年代のいずれかの時期に社会に出たこの世代にとり、記憶にハッキリと残っている昭和というのは、昭和の最後の約10年間であり、その痕跡は、現在でも身の回りにいくらでもある。昭和は、「レトロ」と呼ばなければならないほど古びたものとは思われないのである。(実際、私が卒業した小学校の校舎は、私が通っていた時期に完成し、今もまだそのまま使われている。)

 もちろん、私よりもさらに下の世代から見ると、1980年代など、古色蒼然とした時代――スマホもパソコンもインターネットもなかった――にしか見えないかも知れない。だから、私が直接知る昭和が古くないなどと言うつもりはないし、また、あと20年くらい経つと、「平成1桁レトロ」などという名のもとに、バブル前後の風俗に光が当てられたりするのかも知れないが、あたかも団塊の世代とその前後が昭和生まれを代表するかのように語られることは、他の世代にとり少なからず迷惑であることは確かである。

 ところで、数日前、テレビを観ていたとき、Y!mobileのCMで次の歌の替え歌を耳にした。1983年のヒット曲である。私自身は、聴こうと思って聴いたことは一度もないけれども、当時、街中にこの曲が溢れ、嫌でも耳に飛び込んできたことは、今でもよく覚えている。(ただ、この曲を聴いても、心に浮かぶ感想は、「ああ、懐かしい」ではなく「ああ、あのころは辛かったなあ」である。私の性格が悪いのか、それとも……。)