Pilgrimage, Tennyson Down.

 しばらく前、自分の戸籍謄本(全部事項証明書)と親族の戸籍(または除籍)謄本を本籍地を管轄する役所で取得する機会があった。これまでに何度となく見ている書類であるから、何か発見があったわけではないが、それでも、見るたびに感慨を覚えることが1つある。それは、こうした書類に名前が遺されている私よりも1世代上、つまり両親の世代の人々――私の場合、この世代はもう誰もこの世にいない――、あるいは、その上の世代(祖父母の世代)の人々、そして、さらに上の世代(曽祖父母の世代)の人々……、このような人々のうち、私が会ったことがあり、話したことがあり、このかぎりで私が記憶している人々は、ごくわずかしかいないということである。

 もちろん、上の世代には、私以外にも相当な数の知り合いがあるような人物、さらに、本人と面識はなくても、社会的な地位が高かったり、書物や雑誌で名前が取り上げられたりしために、さらに多くの人々から間接的に知られていたような人物がいないわけではない。このような人々は、本人を知る同時代の人々がすべて世を去っても、情緒的なものを洗い流され漂白された客観的な事実へ埋め込まれ、広い意味における「歴史上の人物」としてWho’s Whoまたはプロソポグラフィーの片隅にいつまでも名前をとどめることになるのであろう。

 しかし、このような特殊な例外を別にすれば、大抵の人々は、無名のままこの世に生れ、無名のまま人生を生き、そして、世を去るとともに周囲の人々の記憶から速やかに消去され、単なる除籍謄本上の人名となることを避けられない。たとえば、私の3世代上、つまり、曽祖父母の世代は、計算上8人いるはずであるが、私が生れたときに存命だったのは、このうち、母方の祖父の母親ひとりであり、他の7人はすでに他界していた。私の両親も、これら7人を直接には知らず、また、祖父母の世代の人々が自分たちの上の世代について語るのを聴いた記憶も私にはない。だから、私は、これら7人の人々――すべて明治時代の前半の生まれであろう――がどこでどのような生活を送り、何を考え、何を感じ、そして、どのようにして世を去ったのか、具体的なことはほぼ何も知らない。さらにその上の世代――幕末から明治維新をくぐり抜けた世代――にいたっては、計算上16人いる人々のうち、私は、私の直系の先祖に当たる同じ苗字の1人――高祖父に当たる――についてだけ(諱と字を含む)フルネームを知っており、また、幕臣として明治維新を迎えたことを知っているが、他の15人については、もはや思い出すよすがもないのである。(もちろん、曽祖父母の除籍謄本を見れば、名前はわかるであろうが。)

 以前、歴史が死者のものであるという意味のことを書いた。


死者との対話 : アド・ホックな倫理学

歴史は死者のものである 「人類はいつ誕生したのか。」この問いに対する答えは、「人類」をどのように定義するかによって異なるであろう。ただ、現代まで大まかに連続している人類の文明がメソポタミアに起源を持つという世界史の常識に従うなら、人類の歴史には少なくとも8



 これは、まぎれもない真理である。しかし、それとともに、この世が、そして、私たちの日々の生活が生者のためのものであり、決して死者に奉仕するためのものであってはならないこともまた確かである。

 死者が生者の記憶をいつまでも占拠することは許されない。私がいつ世を去るか、これはわからないけれども、私は、世を去ると同時に人々から忘れられてしまうであろう。多くの人々は、私の死を知っても、これを悼むことすらないはずである。これは、大変に悲しいことではあるが、忘却の暗闇に吸い込まれ、記憶の彼方へと消えてなくなることは、死者が甘受すべき宿命なのである。役所の窓口で自分と親族の戸籍を受け取り、直接には知らぬ人々の名をそこに認めるたびに、私の心には、このような感慨が浮かぶ。