Evernote Goodies

Evernoteの迷走

 昨日、Evernote社は、社員が利用者のデータを閲覧することができるよう2017年1月からプライバシーポリシーを改訂すると発表した。

さよならプライバシー、Evernote社員が利用者のノートを閲覧可能に - Computerworldニュース:Computerworld

 しかし、当然のことながら、この発表は利用者の神経を逆撫ですることになり、批判がネット上に氾濫した。Evernote社は、批判をうけ、改訂を諦めたようである。

Evernote、ユーザーの反発受け「機械学習のためのノート閲覧」ポリシーを撤回。ユーザーによるオプトイン方式に変更へ - Engadget Japanese

 たしかに、これは、テロや戦争のような世界的な大事件ではない。しかし、現実にプライバシーポリシーが改訂されることになれば、Evernoteを普段から使っている者の生活にはそれなりに大きな影響を与えることは事実である。プライバシーポリシーの変更のニュースを聞き、Evernoteをそのまま使い続けるか、それとも、別の道を検討するか、悩んだ人は少なくなかったに違いない。

 Evernote社は、2008年にアメリカでサービスを開始し、日本には2011年に上陸した。もちろん、Evernote社がサービスを始めたころには、複数の端末でメモを同期するサービスには競合する企業がなかった。しかし、このサービスでEvernote社が大きなシェアを持っているのは、そのためではない。

 グーグル、アップル、マイクロソフトなどと比較すると、Evernote社は、ユーザーのプライバシーを守ることについて真剣な態度を示してきた。Evernoteの成功をうけ、他の企業が類似のサービスを始めても、また、サービスの改悪や料金の値上げなどが繰り返されても、Evernoteの熱心な利用者が離れて行かなかった最大の理由は、プライバシーの問題に対しEvernote社が特別に神経質であったという点にある。また、これが、熱狂的な「信者」を増やしてきた理由でもある。

 私自身、Evernoteが日本に上陸してからすぐに使い始めた一人であるが、この1年か2年くらいのあいだ、類似のサービスに乗り換えることを何回か考え、しかし、結局、Evernoteを使い続けてきた。それは、やはり、プライバシーに関するEvernote社の方針を評価していたからである。今回の騒動をうけ、Evernoteに対する信用を失い、離れる利用者は増えるであろう。少なくとも、利用者の多くは、Evernoteにデータを預けることに慎重になるに違いない。

便利と安全のトレードオフ

 誰でもわかるように、クラウドコンピューターを使ったサービスでは、便利であることと安全であることはトレードオフの関係にある。

 Dropboxは、有名なオンラインのストレージサービスであり、利用している人は多いであろう。利用者が多いのは、使い方が簡単だからである。しかし、便利に使うことができる分、このDropboxには、セキュリティ上の懸念がつねに付きまとう。

 これに対し、たとえば、同じサービスを提供しているSpiderOakは、利用者のプライバシーを全面的に保護することを売りものにしている。(エドワード・スノーデンが使用を推奨するサービスでもある。)けれども、その分、使い勝手は悪くなることを避けられない。SpiderOakの場合、データを同期することのできる端末の数に制限はないが、Dropboxとは異なり、事前に登録した端末からしか使うことができない。10年近く前にサービスが始まったにもかかわらず、ユーザーが必ずしも増えないのは、不便だからであろう。

 私自身、2011年からEvernoteを使ってきたけれども、今回の事件をうけ、ある程度以上のセキュリティを必要とするデータをすべてEvernoteから引き揚げ、自宅のNAS(=ネットワークHDD)でこれを管理することに決めた。機器の管理を自分で行わなければならないけれども、自宅のLANを家族以外の誰とも共有していないのであれば、NASは――家族の誰かのいたずらでデータが消去されてしまうことでもないかぎり――セキュリティ上の問題とは無縁だからである。

「デジタル汚屋敷」を解消し、ダウンサイジングするのが一番安全

 しかし、もっとも安全なのは、データを減らすこと、自分が掌握可能な範囲に情報量を制限することであろう。

 いつか使うかも知れない情報であるという理由でEvernoteに無差別に放り込んだり、自分が作った書類を何もかもDropboxに放り込んだりする……、私は、ながいあいだ、このような作業を漫然と繰り返してきた。そのせいで、決して見返されることのない膨大なデータがEvernoteやDropboxの底に澱のようにたまっていた。EvernoteやDropboxに保存、保管したデータを検索していると、何のためのデータなのかまったく思い出すことができないものに出会うことが少なくない。

 オンラインストレージは、自分が覚えていられない情報を蓄積させる「第二の脳」などと呼ばれている。「第二の脳」というのは、大いに結構な響きであるけれども、よほど几帳面にデータを整理しないかぎり、その実態は「デジタル汚屋敷」と呼ぶのがふさわしいものとなる。

 「第二の脳」に記録して自分自身は忘れたつもりになっていても、情報が失われたわけではなく、自分の記憶を――しかも、利用不可能な形で――圧迫し続ける。ゴミを見えない空間に放り込めば、さしあたり目の前からは消去されるが、ゴミが消えるわけではなく、また、ゴミを見えないところに放り込んだという記憶が消えることもない。「汚屋敷」の問題は、ゴミによって空間が占領されることにあるのではなく、むしろ、ゴミを見えないところに蹴り込んだ事実が住人の精神衛生をむしばむ点に求められるべきである。EvernoteやDropboxの内部が「デジタル汚屋敷」になっているのなら、情報量を減らすことは、安全を実現するためであるばかりではなく、心の余裕を作り出す上でも大切な作業となるのではないかと私はひそかに考えている。