Lean Product Management

「時間管理が私たちの人生をダメにしている理由」

 今日、イギリスのガーディアン紙のウェブサイトで次の記事を見つけた。

Why time management is ruining our lives | Oliver Burkeman

 「時間管理が私たちの人生をダメにしている理由」という表題を持つこの記事は大変に長いのだが、その内容をごく簡単にまとめると、次のようにななる。

 産業革命以降、生産性の向上を目標として「時間管理」(time management) が試みられてきた。最初は、時間管理の対象は、製品を産み出すプロセスであったけれども、やがて、時間管理の範囲は、労働者一人ひとりの労働へと広がる。特に、19世紀末、フレデリック・テイラーがベスレヘム・スティール・ワークス社での実践にもとづいて労働者管理のシステムを開発してから、時間管理は、生産性向上の必要不可欠の手段と見なされるようになる。大雑把に言い換えるなら、労働から無駄を排除し、有限な時間の中に作業を効率よく詰め込むことが生産性向上の近道と考えられるようになったのである。20世紀後半以後に登場したいくつもの生産性向上のスキームーーGTDはそのもっとも有名なものである――はすべて、時間管理が生産性を向上させることを当然のように前提とするものである点において、テイラーの労働者管理法と何ら違いはない。しかし、20世紀末以降、「生産性」(productivity) や「効率」(efficiency) は、労働を評価する尺度であるばかりではなく、人生全体においてつねに考慮することが望ましい理想となり、この意味において「個人的」なものとなった。食事、余暇、デート、しつけなど、あらゆる点に関し「生産的」(productive) であることが追求されるようになり、生産性と効率が一種の強迫観念のようになったのである。しかし、人生から無駄を取り除き、Inbox Zeroの状態を実現しても、なすべきことから完全に解放されるわけではなく、むしろ、さらなるタスクと忙しさ、そして、一種の落ち着きのなさを生活に呼び込んだだけである。(Inbox Zeroとは、メールを受信箱に残さず、メッセージを受け取ったら即座に次の行動を起こすか削除するかのいずれかを選ぶことで生産性を向上させる方法である。この記事では、冒頭に、Inbox Zeroを提唱したマーリン・マン(Merlin Mann) のグーグルでの講演の様子が紹介され、後半では、同じマンが時間管理をテーマとする著作の執筆を宣言し、しかし、結局、執筆を断念した事情が記されている。)

ライフハックは人生を「楽しむ」ことを妨げる

 英語には「ライフハック」(lifehack) という言葉がある。これは、個人的な日常生活における生産性の向上を目指す試み全体を指し示すために使われているものである。ライフハックを形作るのは、作業を効率化し、作業に必要な時間を短縮し、そして、処理すべき他の新たな作業のために時間を確保するさまざまな工夫である。もちろん、ライフハックには、私たちの一人ひとりの生活の改善と人生の幸福が遠い目標として暗黙のうちに設定されているに違いない。

 日本やアメリカには、このライフハックについて著述を行う専従のブロガーやライターまでいる。生産性向上のティップスを考案し提案することを生業とするこのような特殊な人間が考えつくことは、同じような関心を持ち、同じような生活を送っている人間たちの役には立つのであろう。また、たがいのアイディアを褒め合ったり共有したりすることにもそれなりの意味があるのかも知れない。(「タスク」に対するフェティシズムを基礎とする疑似宗教のように見えないこともない。)しかし、このようにして産み出されたティップスは、平均的な生活を送る「普通の」人間の生活の質を改善することがないばかりではなく、仕事の効率化にすら大して役には立たないであろう。

 そもそも、上の記事が強調しているように、時間を効率的に使うことは、人生を幸福にするとはかぎらない。朝起きてから夜寝るまでの何もかもが「処理」の対象となり、さらに、睡眠すら効率的に生産的に処理されるべきものとなってしまったら、私たちが人生の中で通過するすべての時間は、未来のいずれかに時間が使われるべき何かのための準備として使われることになり、決して、人生を「楽しむ」ことができなくなってしまう。「楽しむ」ということは、何よりもまず、みずからの心を現在へと集中させ、1つのことをそれ自体のために行うことによって初めて可能となるものだからであり、「処理する」ことの対極に位置を占めるものだからである。