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 何日か前、次のような記事を読んだ。

神奈川県警:着服の女性巡査懲戒処分「ホストクラブ通い」 - 毎日新聞

 神奈川県警の女性の巡査が、職場の旅行積立金154万円を着服した事件である。(ただ、全額が返済されたため、立件されることはなかったようである。)

 この24歳の巡査は、ホストクラブに通うようになった経緯について、「友人に誘われた」と説明している。私は、ホストクラブなるもので働いた経験はないし、客として通ったこともなく、知り合いにホストクラブ関係者がいるわけでもない。だから、ホストクラブの客として「24歳」という年齢が適当なのかどうか、判断することはできない。また、女性がホストクラブに何を期待しているのかも、当然、まったくわからない。この意味で、上の記事に書かれているのは、私とは何の接点もない出来事であると言うことができる。

 それでも、この記事は、私に強い印象を受けた。しばらくのあいだ、私は、この出来事を忘れないと思う。というのも、問題の巡査は、積立金を着服したばかりではなく、約500万円の借金も負っていたのだが、ホストクラブ通いについて、

友人に誘われてホストクラブに行ったら楽しかった。積立金などを代金の支払いに回してしまった

と語ったことが記されていたからである。

 彼女は、ホストクラブ通いについて、何の留保もなく「楽しかった」と言った。常識的に考えるなら、着服したり借金したりしたカネを元手とする遊びは、必ずしも楽しいものとはならない。そこにはある種の後ろめたさと後悔が付きまとうはずである。ところが、この巡査には、後ろめたさも後悔もなく、ホストクラブは、純粋に「楽しかった」ようである。私は、記事を読み、思わず「あっぱれ」と言ってしまった。

 同僚が積み立てたカネを着服するのは、もちろん犯罪であり、私は、犯罪を肯定しない。

 それでも、取り調べの場においてすら、留保なしに「楽しかった」と語ることができるような出来事など、一生のうちにそれほどたくさんあるわけではないことは確かである。この女性の場合、「楽しかった」と断言することができる経験など、二度とないかも知れない。

 だから、「楽しかった」のなら――私には、その楽しさはよくわからないけれども――それはそれで大いに結構なことではないか、と私は考えたのである。