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待遇を考えるべきなのは「専業非常勤講師」

 何日か前、次のような記事を見つけた。

非常勤講師が雇用確認申し立て 東京芸大は「業務委託」:朝日新聞デジタル

 大学の非常勤講師の身分をめぐる問題は、何年も前から、繰り返し報道されてきた。私の好い加減な記憶に間違いがなければ、「高学歴ワーキングプア」の問題、5年未満での雇い止めの問題、そして、今回の問題が特に大きく取り上げられていたように思う。もちろん、新聞には載らないような小さな出来事は無数にある。詳細は、上の記事で言及されていた首都圏大学非常勤講師組合のホームページで公表されている。

首都圏大学非常勤講師組合

 非常勤講師の給与が低く抑えられたり、コマ数を減らされたり、雇用――原則として1年契約――が更新されなかったりすることには、大学や学術研究をめぐる社会的状況に関する複雑な事情や思惑があり、これを簡単に説明したり解決したりすることはできない。しかし、このような措置が非常勤講師の生活に直に影響を与える可能性が高いことは事実である。そこで、この点に関し最低限の事実を整理し、その上で、私が問題と考えるところを簡単に記したい。

 もともと、非常勤講師というのは、自分の大学の専任教員ではカバーすることのできない分野の専門家を外部から招聘し、専門分野を講義してもらうために設けられた身分である。したがって、非常勤講師として想定されていたのは、すでにどこかの大学の専任教員――つまり「本務校」がある――研究者であった。だから、同じ非常勤講師が何年にもわたって同じ大学で授業を続けて担当すること、まして、非常勤講師の給与で生計を立てることなど予想されてはいなかったのである。

 ところが、現在、大学で非常勤講師の身分にある者のうち、かなりの部分が本務校を持たず、非常勤講師の給与に生計を頼っている。また、大学の方も、このような非常勤講師を、授業を担当する単なる労働力と見なしている。本務校を持たないこのような非常勤講師は、一般に「専業非常勤講師」と呼ばれている。上の記事の後半でコメントが紹介されている北村紗衣氏は、形式的には、本来の意味における非常勤講師であるが、同じ記事の冒頭で取り上げられている川嶋均氏は――私の認識に間違いがなければ――専業非常勤講師である。そして、大学の非常勤講師に光が当たるたびに問題となるのは、専業非常勤講師の方である。

 すでに何十年も前から、非常勤講師のシステムは、現実の要求から乖離し、変則的に運用されてきたと言うことができる。大学の教育、特に、その基礎的な部分――専業非常勤講師の大半は外国語の授業の担当者である――が不安定な生活を強いられた教師によって担われているという現状は、日本の高等教育の将来にとり、決して望ましいことではない。(東京の私立大学の場合、1人の学生が入学してから卒業するまでに履修した語学の授業の担当者がすべて非常勤講師であったということは決して珍しくない。)これは、何らかの仕方で改善されねばならない事態であるに違いない。

「研究者番号」を付与する対象を拡大すれば、「貧すれば鈍する」はある程度まで避けられる

 非常勤講師は、給与が低く抑えられ、身分が不安定であるばかりではない。大学の専任教員には与えられているのに、非常勤講師には与えられていないものは少なくない。非常勤講師には研究費が支給されず、教授会に出席する権利もなく、また、ほとんどの大学では、大学が発行する学術雑誌等の刊行物に執筆する権利もない。さらに、たとえば上で紹介されている東京大学のように、電子ジャーナルや図書館へのアクセスが制限される場合もある。

 とはいえ、専業非常勤講師の状況をさらに深刻にしているのは、次の点である。すなわち、特に文系の場合、大学院生のときにはほぼ無制限にアクセスできていた大学のリソースから切り離されてしまうことにより、(本業であるはずの)研究活動が停滞し、そのため、専業非常勤講師の地位から抜け出すことが困難になるという点である。これは一種の悪循環であり、専業非常勤講師になってからの年月が長くなるほど、(研究歴の長さに反比例して)大学の専任教員になる可能性が低くなるのである。(理系の場合は、そもそも、大学に所属していなければ、研究の遂行自体が不可能である。)大学の専任教員なら、給与とは別に黙っていても与えられる最低限の研究資金すら、専業非常勤講師は、少ない給与の中から捻出しなければならないのであるから、「貧すれば鈍する」ようになるとしても、無理のないことであろう。

 さらによくないことに、大学の専任教員と非常勤講師とのあいだのこのような境遇の違いは、文部科学省によって追認、固定されているように見える。

 日本学術振興会(と文部科学省)は、「科学研究費補助金」(いわゆる科研費)を交付することにより、学術研究を支援している。その総額は、下のページに記されているように、年間二千億円を超えている。これは、「競争的研究資金」と呼ばれるものの大半を占めており、この数字を表面的に見るなら、政府は、高等教育や科学技術振興に十分な資金を投入していると言うことができないわけではない。

科研費データ | 科学研究費助成事業|日本学術振興会

 しかし、このように潤沢に用意されているはずの科研費を申請し、他の研究者と競い合って研究費を獲得することができるためには、1つの条件がある。それは、文部科学省から「研究者番号」を付与されていること、そして、「所属機関」を持っていることである。研究者番号は、原則として、高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校等)に研究のために雇用されている者にしか付与されないから、所属機関があることと研究者番号を持っていることはほぼ同じである。(とはいえ、研究者番号は「一生もの」であるから、所属機関を離れても失われるわけではない。)

 科研費の申請書類には、必ず研究者番号を記入し、所属機関を通じて書類を提出しなければならない。(2017年2月現在では、)研究者番号を持たず、所属機関を持たない者には、科研費を申請する権利がない。当然、専業非常勤講師は、大抵の場合、研究者番号を持たない。(どこかの大学を定年退職したあと、非常勤だけを続けている者は除く。)研究者番号を持たなければ、競争的研究資金を獲得することはできず、研究業績を挙げることが困難となり、専任のポストに就く可能性も低くなり、非常勤講師としての給与で生計を立てなければならず、さらに研究が滞る……。これは、明らかな悪循環であろう。

 そして、この悪循環を解消するには、一定の条件を満たした者には、専業非常勤講師であっても、研究者番号を一律に付与し、非常勤で授業を担当している大学を所属機関と見なし、ここを通じて科研費を申請できるよう仕組みを作り替えるのが捷径であるように思われる。

 かつては、獲得する科研費が少額の場合、所属機関には何の得もなかった。交付される資金は全額が研究者に交付される「直接経費」だったからである。しかし、10年くらい前から、交付される額が少ない場合にも、大学が研究環境を整備するために使用することができる「間接経費」が大学に交付されるようになり、この「餌」につられて、最近は、どの大学も科研費の申請に力を入れるようになった。専業非常勤講師にも科研費を獲得する機会が与えられるようになれば、(研究資金を管理するために大学が新たに負うはずのコストを考慮しても、)非常勤講師を雇用する新たなメリットが大学に生まれるはずであり、非常勤講師の待遇がこれによって改善される可能性は決して小さくないように思われるのである。

 下の記事にあるように、非常勤講師に研究者番号を付与し始めた大学も少数ながらあるようであるが――学内に研究プロジェクトを作り、非常勤講師を客員「研究員」として登録しているのであろうか?――これは、あくまでも、各大学の個別の工夫(あるいは裏技)によるものである。ただ、そもそも、東京大学を始めとするいくつかの国立大学のように、最初から大学が非常勤講師を雇用していないのなら、このような措置は最初から不可能であるに違いない。

大学非常勤教員の科研費取得について

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