AD HOC MORALIST

人間らしい生き方をめぐるさまざまな問題を現実に密着した形で取り上げます。

学校と教育

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社会に出ると勉強しなくなる日本人

 しばらく前、次のような記事を読んだ。

「学び直し」しない日本の会社員人生は危ない | 高城幸司の会社の歩き方

 日本人は、大学をいったん卒業して民間企業に就職してしまうと、その後、「学び直し」による知識や技能や認識の更新がほとんど行われない。25歳以上で大学に入学する者の割合が2パーセントしかなく、これは、OECD諸国で最低である。それは、「学び直し」を阻碍する風土が企業にあるからである。上の記事には、このようなことが書かれていた。

大学は、社会に直に役立つことを学ぶ場所ではない

 もっとも、大学は、企業社会に奉仕するためにあるわけではなく、ビジネスに役立つことを勉強するための場所でもない。

 むしろ、一度社会に出たあとでふたたび大学で学ぶことの意義は、社会から距離をとり、企業の中に身を置いているかぎりは得られなかったような視点を社会について持つことである。

 企業が大学に何を期待しているのかは知らないが、大学には、企業の期待に応える義務はなく、大学での「学び直し」が会社員の「人材」としての価値を向上させる保証もない。大学は、企業の従業員を「オーバーホール」する場所ではないのである。

 自分を根本的に変革する覚悟をもって大学に戻るのでなければ、学び直しは単なる時間の無駄に終わる可能性が高いように思われる。

日本の大学は多様性を欠いている

 ただ、一度社会に出て働いた経験のある者が大学に戻ってくることは、大学にとっては得るところが大きい。というのも、キャンパスに多様性が生まれるからである。

 もともと、日本の大学の学生は、外国、特にヨーロッパやアメリカの大学の学生とくらべて均質的である。つまり、学生が大学で出会うのは、自分と同じような年齢、自分と同じような家庭環境、自分と同じような関心の学生ばかりであり、ものの見方や経験の点で、キャンパスライフから学ぶべきものは――ゼロではないとしても――決して多くはない。

 日本の大学生に留学が推奨されるとき、その理由として、海外の大学では、今まで知らなかったものの見方や考え方に触れることができるという点が挙げられることが多い。日本の大学のキャンパスが多様性に乏しいことを示している。

社会人の「学び直し」はキャンパスに多様性を与える

 だから、日本でも、アメリカの大学と同じように、10歳年長の学生、20歳年長の学生と机を並べることが普通の光景になるなら、勉強においてもその他の学生生活においても、大学は、にわかに活気に満ちたものとなり、大学全体のレベルが向上するに違いない。

 一度社会に出てから大学に戻ってきた学生は、勉強すること、あるいは学生生活を送ることに対して自覚的であり、社会生活において必要とされる知識をよくわかっているから、若い学生は、高校の延長のようなつもりで学生生活を送ることを当然と思わなくなり、社会と自分との関係に注意を向けるようになるはずである。

 以前、少人数の授業で「源実朝」について1人の学生に質問したことがある。そのとき、その学生は、源実朝が誰であるか答えられなかったのだが、答えられない理由として学生の口から出てきたのが、この記事のタイトルである。実際、現在の普通の大学生にとっては、「日本史を高校で履修していない」という事実が、源実朝について知らないこと、そして、調べることもせず「知らない」と答えることを正当化してしまうようである。

 もちろん、「日本史を高校で履修していないから、源実朝について知らなくてもかまわない」などということが社会で許されるはずはなく、知らなければ、調べて覚えるのは当然の義務であるけれども、極端に均質化された現在の大学では、学生がこの点を自然な形で気づく縁を見出すことはできない。社会人学生がキャンパスに増え、キャンパスが多様化するなら、「日本史を高校で履修していないから、源実朝について知らなくてもかまわない」など、大人の世界では通用しない意味不明の理屈であることが否応なく明らかになるに違いない。

Boys of Spring

勉強を続けていれば、誰もが大学の専任教員になることができるわけではない

 大学の専任教員になってから18回目の春が来た。

 毎年、新年度のこの時期は、新しい時間割や新しい雑用に慣れず、多少疲れている。だから、ゴールデンウィークまでの日数をカウントダウンしながら、毎日をやり過ごすのが普通である。

 ただ、それとともに、この時期、私はいつも、同じ感慨を抱く。それは、大学の専任教員の身分についてである。

 大学の専任教員、特に比較的名の通った大学の専任教員の中に、時間的な余裕がないとか、研究資金が足りないとか、雑用が多いとか、学内の制度がよくないとか、文部科学省が鬱陶しいとか、このような愚痴をフェイスブックやツイッターを使って拡散させている人々が少なくない。たしかに、私自身、大学の片隅に身を潜めているから、これらの問題が決してどうでもよいわけではないことは承知している。また、このような人々は、ただ愚痴を言っているだけではなく、それぞれが置かれた環境を改善するため、具体的に努力を続けているのであろう。

 けれども、大学の専任教員というのが、ある意味において「少数の選ばれた人々」であるという事実もまた、決して見過ごされてはならないと思う。

 大学を卒業し、大学院に進み、博士課程を修了して学位を始めとするしかるべき資格を取得すれば、誰でもどこかの大学の専任教員になることができるわけではない。むしろ、大学の専任教員のポスト1つの公募に対し、何十人、いや、場合によっては百人を超える応募があるのが普通であり、公募件数が特別に多い分野(たとえば英語やスペイン語のような)でないかぎり、大学院の博士課程を修了して博士号を取得し、さらに、何年にもわたり、何十件もの公募に応募しても、結局、どこにも採用されず、大学の専任教員になることができないまま一生を終える人の方が、(少なくとも人文科学系では、)断然多数派なのである。

 このような人々の中には、学界から静かにフェイドアウトしてしまう人もいれば、本務校を持たないまま、劣悪な労働条件のもとで「専業非常勤講師」として研究と教育に関与し続ける人もいる。(専業非常勤講師の問題については、以前、次のような記事を書いた。)


大学の非常勤講師の何が問題なのか : AD HOC MORALIST

待遇を考えるべきなのは「専業非常勤講師」 何日か前、次のような記事を見つけた。非常勤講師が雇用確認申し立て 東京芸大は「業務委託」:朝日新聞デジタル 大学の非常勤講師の身分をめぐる問題は、何年も前から、繰り返し報道されてきた。私の好い加減な記憶に間違いが

専任教員になれなかった何倍もの人々の複雑な気持ちを背負う

 大学の専任教員になるには「適齢期」というものがある。たしかに、文部科学省が年齢による差別を禁止しているから、現在では、募集の条件に年齢制限が明記されることはない。それでも、常識的に考えるなら、人文科学系の場合、(任期なしの)専任のポストを最初に獲得する年齢は、よほど特殊な分野でないかぎり、40歳前後が事実上の上限になる。40歳前後までにどこの大学の専任教員にもなることができなかった人は、その後の人生において大学の専任教員にはなる可能性はほとんどないであろう。

 大学の専任教員というのは、研究者の広い裾野――こういう言い方が失礼に当たらないとするなら――に支えられた頂上のようなものである。専任教員のあいだで交わされている愚痴など、専任教員になりたくてもなれなかった人々にとっては気楽な「空中戦」のようなものであると言うことができる。言い換えるなら、1人の専任教員の背後には、専任教員になることができなかった何倍、何十倍もの研究者、元研究者、研究者予備軍などがいるのである。

 もう何年も前になるが、ある元プロ野球選手――駒田徳広氏だったと思う――が、どこかのテレビ番組で、おおよそ次のような意味のことを語っているのを聞いた。「実際にプロ野球選手になる若者の何倍、何十倍もの若者がプロになるために必死で努力し、しかし、結局、ほとんどはプロになることができず、別の人生を歩むことを余儀なくされる。だから、プロとして一軍でプレイすることができる自分たちは、プロになりたくてもなれなかったたくさんの人々のかなわなかった夢や期待を背負い、このような人々の気持ちに応えるような仕事をしなければいけないと思っている。

 同じことは、大学の専任教員についても言うことができる。いや、野球を始めてからプロ野球選手になることを最終的に諦めるまでの期間が10年程度であるのに対し、研究者として身を立てることを志してから、この志を諦める決断を強いられるまでの年月が30年近くになることを考えるなら、プロ野球選手が背負う夢や期待よりも大学の専任教員が背負う夢の方が重く、また、屈折したものとなるであろう。

 大学の専任教員が大学、文部科学省、学界などへの苦情をSNS上で吐き出すことがそれ自体として悪いわけではない。ただ、研究者の道が閉ざされた多くの人々を代表しているという――あるいは恨み(?)――ことをときどき思い出し、自分が置かれた立場をこのような観点から見直すこともまた、決して無意味ではないように思われる。

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待遇を考えるべきなのは「専業非常勤講師」

 何日か前、次のような記事を見つけた。

非常勤講師が雇用確認申し立て 東京芸大は「業務委託」:朝日新聞デジタル

 大学の非常勤講師の身分をめぐる問題は、何年も前から、繰り返し報道されてきた。私の好い加減な記憶に間違いがなければ、「高学歴ワーキングプア」の問題、5年未満での雇い止めの問題、そして、今回の問題が特に大きく取り上げられていたように思う。もちろん、新聞には載らないような小さな出来事は無数にある。詳細は、上の記事で言及されていた首都圏大学非常勤講師組合のホームページで公表されている。

首都圏大学非常勤講師組合

 非常勤講師の給与が低く抑えられたり、コマ数を減らされたり、雇用――原則として1年契約――が更新されなかったりすることには、大学や学術研究をめぐる社会的状況に関する複雑な事情や思惑があり、これを簡単に説明したり解決したりすることはできない。しかし、このような措置が非常勤講師の生活に直に影響を与える可能性が高いことは事実である。そこで、この点に関し最低限の事実を整理し、その上で、私が問題と考えるところを簡単に記したい。

 もともと、非常勤講師というのは、自分の大学の専任教員ではカバーすることのできない分野の専門家を外部から招聘し、専門分野を講義してもらうために設けられた身分である。したがって、非常勤講師として想定されていたのは、すでにどこかの大学の専任教員――つまり「本務校」がある――研究者であった。だから、同じ非常勤講師が何年にもわたって同じ大学で授業を続けて担当すること、まして、非常勤講師の給与で生計を立てることなど予想されてはいなかったのである。

 ところが、現在、大学で非常勤講師の身分にある者のうち、かなりの部分が本務校を持たず、非常勤講師の給与に生計を頼っている。また、大学の方も、このような非常勤講師を、授業を担当する単なる労働力と見なしている。本務校を持たないこのような非常勤講師は、一般に「専業非常勤講師」と呼ばれている。上の記事の後半でコメントが紹介されている北村紗衣氏は、形式的には、本来の意味における非常勤講師であるが、同じ記事の冒頭で取り上げられている川嶋均氏は――私の認識に間違いがなければ――専業非常勤講師である。そして、大学の非常勤講師に光が当たるたびに問題となるのは、専業非常勤講師の方である。

 すでに何十年も前から、非常勤講師のシステムは、現実の要求から乖離し、変則的に運用されてきたと言うことができる。大学の教育、特に、その基礎的な部分――専業非常勤講師の大半は外国語の授業の担当者である――が不安定な生活を強いられた教師によって担われているという現状は、日本の高等教育の将来にとり、決して望ましいことではない。(東京の私立大学の場合、1人の学生が入学してから卒業するまでに履修した語学の授業の担当者がすべて非常勤講師であったということは決して珍しくない。)これは、何らかの仕方で改善されねばならない事態であるに違いない。

「研究者番号」を付与する対象を拡大すれば、「貧すれば鈍する」はある程度まで避けられる

 非常勤講師は、給与が低く抑えられ、身分が不安定であるばかりではない。大学の専任教員には与えられているのに、非常勤講師には与えられていないものは少なくない。非常勤講師には研究費が支給されず、教授会に出席する権利もなく、また、ほとんどの大学では、大学が発行する学術雑誌等の刊行物に執筆する権利もない。さらに、たとえば上で紹介されている東京大学のように、電子ジャーナルや図書館へのアクセスが制限される場合もある。

 とはいえ、専業非常勤講師の状況をさらに深刻にしているのは、次の点である。すなわち、特に文系の場合、大学院生のときにはほぼ無制限にアクセスできていた大学のリソースから切り離されてしまうことにより、(本業であるはずの)研究活動が停滞し、そのため、専業非常勤講師の地位から抜け出すことが困難になるという点である。これは一種の悪循環であり、専業非常勤講師になってからの年月が長くなるほど、(研究歴の長さに反比例して)大学の専任教員になる可能性が低くなるのである。(理系の場合は、そもそも、大学に所属していなければ、研究の遂行自体が不可能である。)大学の専任教員なら、給与とは別に黙っていても与えられる最低限の研究資金すら、専業非常勤講師は、少ない給与の中から捻出しなければならないのであるから、「貧すれば鈍する」ようになるとしても、無理のないことであろう。

 さらによくないことに、大学の専任教員と非常勤講師とのあいだのこのような境遇の違いは、文部科学省によって追認、固定されているように見える。

 日本学術振興会(と文部科学省)は、「科学研究費補助金」(いわゆる科研費)を交付することにより、学術研究を支援している。その総額は、下のページに記されているように、年間二千億円を超えている。これは、「競争的研究資金」と呼ばれるものの大半を占めており、この数字を表面的に見るなら、政府は、高等教育や科学技術振興に十分な資金を投入していると言うことができないわけではない。

科研費データ | 科学研究費助成事業|日本学術振興会

 しかし、このように潤沢に用意されているはずの科研費を申請し、他の研究者と競い合って研究費を獲得することができるためには、1つの条件がある。それは、文部科学省から「研究者番号」を付与されていること、そして、「所属機関」を持っていることである。研究者番号は、原則として、高等教育機関(大学、短期大学、高等専門学校等)に研究のために雇用されている者にしか付与されないから、所属機関があることと研究者番号を持っていることはほぼ同じである。(とはいえ、研究者番号は「一生もの」であるから、所属機関を離れても失われるわけではない。)

 科研費の申請書類には、必ず研究者番号を記入し、所属機関を通じて書類を提出しなければならない。(2017年2月現在では、)研究者番号を持たず、所属機関を持たない者には、科研費を申請する権利がない。当然、専業非常勤講師は、大抵の場合、研究者番号を持たない。(どこかの大学を定年退職したあと、非常勤だけを続けている者は除く。)研究者番号を持たなければ、競争的研究資金を獲得することはできず、研究業績を挙げることが困難となり、専任のポストに就く可能性も低くなり、非常勤講師としての給与で生計を立てなければならず、さらに研究が滞る……。これは、明らかな悪循環であろう。

 そして、この悪循環を解消するには、一定の条件を満たした者には、専業非常勤講師であっても、研究者番号を一律に付与し、非常勤で授業を担当している大学を所属機関と見なし、ここを通じて科研費を申請できるよう仕組みを作り替えるのが捷径であるように思われる。

 かつては、獲得する科研費が少額の場合、所属機関には何の得もなかった。交付される資金は全額が研究者に交付される「直接経費」だったからである。しかし、10年くらい前から、交付される額が少ない場合にも、大学が研究環境を整備するために使用することができる「間接経費」が大学に交付されるようになり、この「餌」につられて、最近は、どの大学も科研費の申請に力を入れるようになった。専業非常勤講師にも科研費を獲得する機会が与えられるようになれば、(研究資金を管理するために大学が新たに負うはずのコストを考慮しても、)非常勤講師を雇用する新たなメリットが大学に生まれるはずであり、非常勤講師の待遇がこれによって改善される可能性は決して小さくないように思われるのである。

 下の記事にあるように、非常勤講師に研究者番号を付与し始めた大学も少数ながらあるようであるが――学内に研究プロジェクトを作り、非常勤講師を客員「研究員」として登録しているのであろうか?――これは、あくまでも、各大学の個別の工夫(あるいは裏技)によるものである。ただ、そもそも、東京大学を始めとするいくつかの国立大学のように、最初から大学が非常勤講師を雇用していないのなら、このような措置は最初から不可能であるに違いない。

大学非常勤教員の科研費取得について

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大学の専任教員と専業非常勤講師 〈体験的雑談〉 : AD HOC MORALIST

勉強を続けていれば、誰もが大学の専任教員になることができるわけではない 大学の専任教員になってから18回目の春が来た。 毎年、新年度のこの時期は、新しい時間割や新しい雑用に慣れず、多少疲れている。だから、ゴールデンウィークまでの日数をカウントダウンしながら

Ready. Set. TEST!

教育の本質は自己教育

 「すぐれた教育とは?」という問いに答えることは、難しくもあり、簡単でもある。これが「教育の本質」を問う問いであるなら、その答えは、少なくとも形式的には誰の目にも明らかである。教育の本質は、「現状を乗り越えることを目指す自己教育」以外ではありえないからである。換言すれば、教育というのは、内容が行政学でも、中世日本文学でも、バドミントンでも、自分の現状を克服し成長することを欲する者の存在から始まる。教育とは、みずからを教育することであり、他人の手で施される教育には、成長を欲する者たちの支援以上の意味はない。だから、成長への意欲を欠いた者を教育すること、つまり、勉強する気のない人間に無理やり勉強させることは、権利上不可能なのである。

 それでは、成長を欲する者たちに対する教育は、どのように行われるべきか?もちろん、教育の手段は無数にあるであろうが、この問いに対し、最初に心に浮かぶ答えは、大抵の場合、「学校」であるに違いない。学校というのは、教育の装置を代表するものであるから、「教育はいかにあるべきであるか」という問いは、事実上、「学校がいかなる役割を担うべきか」という問いに置き換え可能となる。

学校と試験の関係における「欧米型」と「非欧米型」

 もちろん、社会における学校の役割は、時代により地域によりまちまちであり、「学校制度のあるべき姿」など、どこにもないように見える。ただ、試験の位置という観点から光を当てることにより、学校制度は、大きく2つの種類の区分することができるように思われる。すなわち、(1)学校における教育活動の整備がまず試みられ、このプロセスにおいて、カリキュラムに区切りを与えるために試験が導入される場合と、反対に、(2)何らかの能力や資格を認証するために複数の試験が最初に制度化され、その後、試験と試験のあいだを埋めるために学校が作られる場合である。ここでは、前者を仮に「欧米型」、後者を「非欧米型」と呼ぶことにする。

 宮崎市定の古典的名著『科挙 中国の試験地獄』、

科挙 中国の試験地獄

あるいは、天野郁夫『試験の社会史 近代日本の試験・教育・社会』

試験の社会史 近代日本の試験・教育・社会 増補

を見ればすぐにわかるように、日本や中国の学校教育の制度は、試験と試験のあいだを埋める形で作られたものである。まず試験があり、この試験の受験資格を与えるため、あるいは、試験の準備の機会を与えるために学校があとから設置されてきたのである。

 寺子屋や私塾は、江戸時代の教育水準に大きな影響を与えた教育の装置である。そして、これらはいずれも、学ぶことをそれ自体として目的とする者たちのための学校である。しかし、試験があるかどうかに関係なく、「学ぶ」ことを目的に作られた学校というのは、日本の歴史全体として見ると、むしろ例外に属する。学校で学ぶことの本体は、そこで学ぶ者たちの大半にとっては、基本的に障害物競争のハードルのようなものであり、勉強することには、さしあたり、「試験に出る」ことを覚える以上の意義はなかったことになる。(もちろん、例外はいくらでもある。)日本の場合、教育に関する制度の実質は、学校ではなく試験だったのである。

教育の型だけを欧米化すればよいというものではない

 これに対し、よく知られているように、ヨーロッパやアメリカでは、授業を中心とする学校教育――18世紀まで、授業の基本は個別指導であった――が教育の中心にある。だから、欧米の試験制度は日本のように体系的ではなく、また、評価が公平というわけでもない。しかし、試験による能力や資格の認証ではなく、学校における成長の支援を重視するのであるなら、厳格な試験というのは必須ではないことになる。(もちろん、ヨーロッパやアメリカの一部の大学には、学期末に個性的で難しい試験を課す教師がいるけれども、全体から見れば、これは少数派である。)

 そして、欧米の教育がすぐれたものであるかどうかはよくわからないが、日本では、小学校から大学まで、最近20年くらいのあいだ、教育制度の改革は、学校教育を「充実させる」方向へと進められてきた。つまり、「非欧米型」の教育の「欧米型」への転換が試みられてきたのである。

 しかし、一部に成功例があるかも知れないとしても、この試みが上手く行く可能性はきわめて低いと私は考えている。というのも、このようなスタイルの大転換が可能となるためには、次の2つの条件のうち、少なくともいずれか一方が満たされていなければならないからである。すなわち、(1)学校教育によって獲得された知識や能力が社会において活かされるか、あるいは、(2)少なくとも、このような知識や能力が社会において尊重され、知識や能力を保持していることがステータスになるか、いずれかが絶対に必要となるはずである。しかし、誰でも知っているように、現在の日本社会は――というよりも、明治以来ずっと――これら2つの条件のいずれとも無縁であり続けてきた。

 それでも、外面的には「欧米型に見えるような」教育を実現することを必要とする人々がいたのであろう、また、社会の方を変えるよりも、学校を変える方が簡単だったからであろう、学校の教育内容を尊重するよう社会に求めるのではなく、反対に、「欧米型に見えるような:教育を実現するという目標に合わせ、学校での教育内容を(1)(2)のうち少なくともいずれか一方を満たすようなものに変えてしまうことが試みられた。つまり、時代と社会に迎合し、現実に社会で必要されているような実際的な知識を学校で教えれば、学校で学んだ者は、有用な人材として社会から歓迎されるはずであると考えらたのである。

 しかし、これは、教育というものの自殺行為であるように私には思われる。というのも、教育というのは、人間を有用なロボットに変えることではなく、人間を人間らしいものにすることであるはずだからであり、大切なのは、現に目の前にある社会での「遊泳術」ではなく、社会をよりよいものにして行くための「批判的なまなざし」であるはずだからである。この意味において、最近――いつからかは正確にはわからない――の日本における教育改革はすべて、学校と、学校の外部に広がる社会の「野蛮化」を指し示しているように思われてならないのである。


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St. Thomas Public Library- Official Opening preview, 1974

 一昨日、次のような記事を見つけた。

給付型奨学金、月2~4万円 18年度から

 文部科学省は、現在の高校2年生、つまり、2018年4月以降に大学に入学する者を対象とする給付型奨学金の支給を決めたようである。給付型奨学金というのは、返済を必要としないタイプの奨学金であり、国庫からの一方的な持ち出しとなる。

 たしかに、大学生に対して学費を補助することは、それ自体としては、決して後回しにしてよい課題ではない。むしろ、対策の時期はあまりにも遅く、しかも、規模はあまりにも小さいように思われる。(新たに予算に計上される210億円など、高齢者の医療費とはケタが2つ違う。)

 しかし、私は、この制度には反対である。

 この問題については、以前、次のような記事を書いたことがある。


給付型奨学金はどのように配分されるべきか : アド・ホックな倫理学

昨日、次のような記事を見つけた。高校成績「4」以上→月3万円 給付型奨学金の自民案:朝日新聞デジタル 現在の日本では、大学生を対象とする奨学金のほぼすべてが貸与型、つまり、返済を必要とするタイプの奨学金である。これに対し、外国、特に他の先進国では、奨学



上の記事で強調したことであるが、この制度には、少なくとも

    1. 評定平均を基準として
    2. 高等学校の卒業生を対象に
    3. 現金で支給する

という3つの点において深刻な欠陥が認められる。特に、第3の問題点を放置したまま奨学金を支給した場合、新たに予算として計上された210億円は、「カネのない世帯に学資を配った」という政府の単なるアリバイ作りの材料に終わってしまうであろう。

 そもそも、1つの高校について1人を選び、この生徒に1ヶ月に4万円を支給するくらいで格差や貧困が解消するはずはないし、たとえ4万円が大学生の手もとに届いたとしても、現金で支給されれば、生活費として優先的に使われ、学資に回ることはないであろう。

 奨学金は、勉強を支援するためのものであり、決して社会保険ではない。税金が原資となる以上、奨学金は勉強のために使われるべきであり、食品や携帯電話を買うために奨学金が使われてはならない。奨学金は、現金ではなく、「教育バウチャー」――教育サービスに限定したクーポン――の形で支給すべきであると私が考える理由である。実際、文部科学省では、教育バウチャーの検討が進められているようであり、この給付型奨学金に限定して試験的に導入してもよいのではないかと私自身はひそかに考えている。

教育バウチャーに関する研究会 教育バウチャーに関する検討状況について 1.主な論点及び意見−文部科学省

 奨学金を教育バウチャーとして支給することにより、サービスを提供する側あいだで競争が生まれ、学生に対する研究支援の市場の拡大と質の向上も促されるはずである。この分野の市場規模は、現在では、学生の数に反し、驚くほど小さい。それは、大学自身が片手間で提供するサービスにより、この分野の需要がほぼすべて吸収されてしまっているからである。しかし、冷静に考えるなら、これは異常な事態である。

 奨学金を現金で支給すると、生活扶助と区別がつかなくなる。この制度を続けていると、いずれ、「奨学金をもらえないと生活が成り立たない」などという見当はずれの声がどこかから上がり、そして、この声に応えるため、受給者の選定が単なる「貧乏くらべ」になって行く……、このようなことにならなければよいと心から願っている。


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