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 「フェイスブック」か「ブログ」か、と問われたら、私自身は、躊躇なく「ブログ」と答える。

 フェイスブックとブログのあいだには、いくつもの違いがある。たとえば、ブログはグーグルの検索でヒットするのに対し、フェイスブックに投稿されたものは、原則としてグーグルの検索の対象とはならない。あるいは、「友達」との「つながり」がフェイスブックの使用の前提となるのに対し、ブログでは記事を万人に対して公開することができる。フェイスブックが時間の経過とともに流れ去って行く「近況報告」のためのプラットフォームであるのに対し、ブログというのは、記事の蓄積による「ログ」(ウェブログ)になるように設計されている……。しかし、このような点は、この記事に辿りついた人たちにとって自明のことであろう。

 私は、フェイスブックのアカウントを持っていない。以前は、アカウントがあったのだが、フェイスブックを使う機会はほとんどなく、1年くらい前にアカウントを削除した。フェイスブックというのは、何が面白いのか、あるいは、何の役に立つのか、私にはよくわからないサービスであった。

 最近、フェイスブックがブログの代用品として使われることが多いようであるが、私は、フェイスブックのアカウントを持っていないから、フェイスブックに何か記事を投稿している人がいても、私には読むことができない。フェイスブックの記事は、(アカウントで使われている氏名以外は)グーグルの検索でヒットせず、したがって、どれほど有名な作家が書いた重要な記事でも、フェイスブックに投稿されているかぎり、私にとっては存在しないのと同じである。

フェイスブックにはCEOがいるが、ブログにはCEOがいない

 しかし、私がブログを好む最大の理由は次の点である。すなわち、フェイスブックが他との互換性のない独自の規格によるサービスであるのに対し、ブログは、「ブログ」を称するものであるかぎり、規格について最低限の互換性があるという点である。

 ブログに記事を投稿する場合、無料や有料のサービスを使うこともできるし、レンタルサーバを使うこともできる。たしかに、両者にはいくつかの細かい差異があり、完全にシームレスではないけれども、乗り越えることが不可能なほど大きな障壁が異なるサービスのあいだにあるわけではない。

 だから、どこかの企業が提供するブログのサービスが嫌になったら、別のサービスに乗り換えたり、レンタルサーバに何らかのCMS(コンテンツ・マネジメント・システム、contents management system)をインストールし、データをインポートしたりして、ブログをそのまま続けることができる。実際、どのブログ・サービスにも、データのインポート、エクスポート、バックアップなどの機能は必ず具わっている。

 私自身、いくつかの企業のサービスやレンタルサーバを渡り歩き、最終的に、今の場所に落ち着いた。現在のところ、ブログを引っ越す予定はないけれども、たとえ引っ越すことになっても、これは、大した手間ではない。

 これに対し、フェイスブックに情報を預けることには、大きなリスクがある。というのも、フェイスブックをブログ代わりに使っている人には、たとえフェイスブックが嫌になっても、別のサービスに乗り換えるという選択肢がないからである。フェイスブックに「類似したサービス」はあるけれども、規格に互換性がないから、フェイスブックに投稿された記事をエクスポートして、競合するサービスへとこれを引き継ぐことができない。(フェイスブックがSNSである以上、これは当然のことである。)

 この意味において、ブログの場合とは異なり、フェイスブックをブログ代わりに使う者は、フェイスブックによって完全に囲い込まれ、データを人質にとられていると言うことができる。フェイスブックの記事がグーグルで検索できないようになっているのも、囲い込みのためであると考えることができる。1つの企業に全部のデータを囲い込まれ、外部への逃げ道がないというのは、釣り堀の魚と同じようなものである。私がフェイスブックについて危うさと鬱陶しさを感じるのはこの点である。

 フェイスブックは1つの企業であるから、当然、そこにはCEOがいる。しかし、ブログは、現在ではすでに「枯れた」プラットフォームであり、したがって、ブログについては、複数の企業が似たような規格を採用し、同じようなサービスを提供している。当然、「ブログのCEO」などというものはいない。私がブログを好む理由である。

互換性のないサービスを使ってテータを蓄積するのは危険

 だから、フェイスブックがどれほど便利である――私自身はそうは思わないが――としても、フェイスブックを従業員のあいだの情報共有の主な手段として用いている企業はほとんどないはずである。フェイスブックに基幹の情報伝達手段をおさえられた状態では、情報の漏洩の危険があるばかりではなく、万が一フェイスブックが経営破綻したり解散したりするようなことがあれば、会社の存続が脅かされる可能性があるからである。

 同じ理由によって、私はLINEを使わず、電子メールを使う。なぜなら、LINEにはCEOがいるが、電子メールにはCEOがいないからである。グーグルが提供するGmailがどれほど多くの人々に使われているとしても、Gmailの規格が独自であるわけではなく、他のメールサービスを使っている者とのあいだでメールの交換ができないわけでもない。Gmailが嫌になり、使うのをやめても、メールの送受信ができなくなるわけでもない。この意味において、メールの方がLINEよりも安全な、風通しのよい、逃げ場のあるサービスなのである。一社だけが提供するサービスに依存することには、大きな危険がある。いつでも別の場所に逃れられること、場合によっては、最初から情報を分散することができるような態勢を作ることは、ネット上の活動におけるリスクを回避するためのコツの1つであるに違いない。