Vintage Flip Cell Phone

デジタル機器の交替に乗り遅れると

 携帯電話について、今でも忘れられない光景がある。

 私が携帯電話を初めて手に入れたのは、1998年夏である。ちょうどそのころ、秋葉原の電気街で、ある店に入ってフラフラと歩いていたとき、私は、かなり高齢の女性が修理受付のカウンターの前で小型の縦長の弁当箱くらいの大きさの灰色の機械を鞄から取り出し、修理可能かどうか店員に尋ねているのを見かけた。その機械が何であるのか、携帯電話を買った直後の私にはすぐに見当がついた。それは、1990年代前半に発売された携帯電話の端末であった。

 1998年ごろというのは、携帯電話の小型化と多機能化が急速に進んだ時代であり、私にとっての最初の携帯電話は、体積の点でも重量の点でも、私が現在使っているスマートフォンの半分くらいしかなかった。それだけに、高齢の女性客が鞄から取り出した弁当箱大の端末は、いかにも「事務機器」風であり、発売から10年も経っていないにもかかわらず、化石のような印象を与えた。私自身が小型の携帯電話を手に入れた直後だったからなのかも知れない。

 女性に応対した店員は、「残念ながら、その端末はすでに製造中止になっており、部品も調達できない」という意味のことを説明し、最新の小型のものへの買い替えをすすめていた。しかし、女性は、持参した端末を鞄にしまい、沈んだ表情でそのまま店から出て行った。

 私は、この光景を見て、デジタル機器には、適当な移行の時期というものがあるらしいことを悟った。(「イノベーター」や「アーリー・アダプター」となり、新しい流れに早めに乗るのはかまわないとしても、)ある時代に社会に広く普及したデジタル機器をあまりにもながいあいだ使い続けていると、新しいタイプの機器が登場して普及し、社会のインフラになって行くとき、これを使いこなせず、社会の動きから取り残されてしまう危険があるのである。

 私の家族の1人は、ワープロ専用機をごく初期から使っていたが、そのために、パソコンの普及から完全に取り残されてしまった。1990年代後半以降、ワープロ専用機の製造が中止になり、修理のための部品を手に入れることも困難になって行く中で、ワープロ専用機をあえて使い続けることは、「次に故障したら2度と使えなくなるのではないか」という恐怖との絶えざる闘いのように見えた。21世紀に入ってからもワープロ専用機を使い続けていたせいで、周囲とのコミュニケーションに非常に大きな支障をきたしたことは、誰でも想像することができるであろう。

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 私自身は、ワープロ専用機を1997年に処分し、パソコンを初めて購入した。これは、現在まで続くパソコン中心の社会の動きに辛うじて乗り遅れずに済むタイミングとしてはギリギリであったに違いない。

「あいのこ」が出てきたら、新しい機器に乗り換えるべきとき

 大体において、デジタル機器の交替は、「あいのこ」が登場したときが潮目であると言ってよい。パソコンがワープロ専用機を駆逐する過程において登場したのは、見かけを可能なかぎりワープロに似せたパソコンであった。「ワープロライクなパソコン」を必要とする階層が現われたときには、もはやワープロ専用機の命脈は尽きたと考えるのが自然である。

 同じように、「ガラホ」なるものもまた、フィーチャーフォンが消滅に向かうことのサインとして受け止めるべきなのであろう。「ガラケーライクなスマホ」を必要とするのは、イノベーター理論が「ラガード」(のろま)に分類する最後尾の階層のはずだからである。

 私は、個人的にはスマートフォンが嫌いである。しかし、これからしばらくのあいだ市場に流通する「ガラホ」は、とどまることなく畸形化し、やがて、知らぬ間に姿を消す運命にある。スマートフォンの次に何が現われるのか、私などには予想もつかないけれども、当面は、スマートフォンが社会において支配的なデジタル機器の1つであり続けることは確かであり、私たちは、これに耐えることを学ばなければならないのであろう。

 そう言えば、2005年から11年までアメリカで放映されていたテレビドラマ「ミディアム 霊能捜査官アリソン・デュボア」では、いわゆるNokia Tuneと呼ばれる独特の着信音が繰り返し流れる。

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The Nokia Tune: Grande Valse

 ドラマが放映されていたころには、ノキアがアメリカの携帯電話市場で大きなシェアを占めていたから、Nokia Tuneが何であるか、誰もが知っていたのであろう。しかし、今から10年後にこのテレビドラマを初めて観る者には、なぜこの着信音なのか、特別な説明が必要となるに違いない。