節分

節分の儀式は厄払いのためのもの

 2017年2月3日は節分である。「節分」というのは、旧暦で1年の最後に当たる日である。だから、節分の翌日、つまり2月4日は「立春」であり、ここから新しい1年が始まることになる。

 現在の日本社会のスケジュールは、基本的に新暦を1年の枠組としているけれども、年中行事の大半は、現在でも旧暦の二十四節気にもとづいて進められる。陰陽道や四柱推命を始めとする卜占が基準とする1年の区切りも、元旦ではなく立春である。たとえば、陰陽道が利用する九星では、2016年の立春から2017年の節分までのあいだに生まれた者は「二黒土星」であり、同じように、2017年の立春と2018年の節分のあいだに生まれた者は「一白水星」となる。同じ年の生まれでも、1月生まれと3月生まれでは「星」が異なるのである。

 このような事実を考慮するなら、古い1年に別れを告げる日としての節分は、もっと大切にされてよいのではないかと私は考えている。

節分には「豆まき」が正しい。それは、豆がまずいからである。

 ところで、節分がこのような性格の日である以上、節分に行うのが望ましいのは、1年の厄を落とし、新しい年のために福を呼び込むような儀式であろう。具体的に何をするかは、もちろん、人によって違うであろうが、私自身は、何か1つ選ぶなら、「豆まき」を行う。

 「豆まき」の儀式は、遅くとも平安時代の初期には行われていたことが確認されている。儀式とは言っても、「鬼はそと福はうち」と言いながら炒った大豆を手に取ってあちこち投げるだけの単純きわまるものである。腕が動くなら、この動作ができない者はいないであろう。

 私は、年中行事にはカネをほとんど使わないけれども、節分に撒く豆にはそれなりのものを使うことにしている。この10年くらいは、節分が近くなると京都の「豆政」が売り出す豆を取り寄せて使っている。(「それなり」とは言っても、送料込みで1500円もしないのだが……。)

創業明治17年、京名物の夷川五色豆を始めとした京都の豆菓子・和菓子老舗 豆政

 また、節分には「豆まき」でなければならないと考えるのには、理由がある。それは、豆が決しておいしいものではないという点である。炒っただけで味がついていない豆を年齢と同じ数だけ食べる作業は、年齢を重ね、食べなければならない豆の数が増えるとともに、次第に苦痛になる。数え年で100歳になれば、100個を食べなければならない。子どもなら、食べるべき豆の量は少ないとしても、味のない豆を食べることに耐えられないかも知れない。

 しかし、この豆の「まずさ」こそ、豆まきが正統な儀式であるために必要な要素である。食事としてではなく、純粋な儀式として食物を口にする機会は、少なくとも平均的な日本人の生活の中では滅多にない。豆の「まずさ」が節分の豆まきを儀式として生活の他の部分から区別してきたのであり、この点は、特に注意すべきであるように思われる。

 だから、大豆の代わりにピーナッツや砂糖菓子を使うのは、邪道であるばかりではなく、豆まきの儀式としての性格の否定でもある。まして、恵方巻など論外であろう。恵方巻が節分のアイテムとして受け容れられるようになったという事実は、日本人の幼児化の現われとして受け止められるべきであり、大いに憂慮すべき事態であると私は考えている。