AD HOC MORALIST

人間らしい生き方をめぐるさまざまな問題を現実に密着した形で取り上げます。

タグ:大学

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よい大学の「よさ」とは、成長を望む学生に提供するオプションの豊かさ

 同じ専門を勉強するために入学するなら、偏差値が高い大学の方がよいと普通には考えられている。いや、それどころか、偏差値さえよければ大学や学部などどうでもよいと考える者は少なくないかもしれない。しかし、なぜ偏差値が高い大学の方が好ましいのか、本当の意味は、必ずしも理解されておらず、このような問いが問われることもまた、稀であるように思われる。「なぜ偏差値が高い大学の方が望ましいのか」という問いに対する答えが自明であり、この問いが愚問であるように見えるからである。

 たしかに、入学するのに高い偏差値を必要とする大学に在籍したり、このような大学の出身者であったりすることには、いくつもの利点がある。卒業した大学を問われ、大学名を答えたところ、「それはどこにある大学なの?」などと尋ねられることはなく、むしろ、自分が学生時代を過ごした大学は、経歴に箔をつけるのに役に立つであろう。また、場合によっては、豊富な人脈を獲得することができるかもしれない。

 けれども、このような利点は、入学者の偏差値が高い大学を選ぶ理由であるとしても、ある大学の入学者の偏差値が高いことは、就職に有利であることや人脈を獲得しうることの「原因」ではない。むしろ、偏差値というのは、企業から高く評価されるような能力や、人脈を作り上げる能力を持つ卒業生がこれまで長期間にわたり特定の大学に偏在してきたことの「結果」であるにすぎない。この意味において、ある学生が自分の希望する企業に就職することができたり人脈を手に入れたりすることができるかどうかは、最終的には、本人の個人的な努力次第であることになる。(企業の採用担当者が、入学者の偏差値が高い大学の出身者を好むとするなら、それは、「ババを引く」確率が低いからである。)

 むしろ、よい大学に認められる「よさ」というものがあるとするなら、それは、成長を望む学生に対して提供しうるオプションの豊かさに比例するものであるように思われる。そして、成長を望む学生が本当の意味において成長することが可能となるために必須であるのは、人文学の領域における豊富なオプションである。

本当の意味における成長は人文学の遂行においてのみなしとげられる

 以前、次のような記事を投稿した。


人文学は「役に立つ」のか、そして、「必要」なのか : AD HOC MORALIST

人文学は技術的な知識ではないから「役に立たない」 国立大学の文系学部が廃止されるかも知れないというニュースが流れたのは、昨年の夏のことである。そして、それ以来、文系の諸科学が「役に立つ」のか、「必要」であるのか、また、習得すべきなのは「役に立つ」知識だけ


 本当の意味における成長は、人文学の遂行によって、あるいは、人文学の遂行において初めて可能となるものなのである。

外国語科目の多様性は、成長の可能性に相関し、大学の「よさ」に相関する

 しばらく前、地方のある国立大学のカリキュラムを眺める機会があり、私は、このカリキュラムに違和感を持った。というのも、この大学では、大学に入学した学生が英語の他に1度に1つしか外国語を学ぶことができないようになっていたからである。というよりも、カリキュラムは、英語の他に複数の外国語を勉強したい、あるいは、しなければならないという可能性を最初から想定していないように見えたのである。

 ある大学に身を置いた場合にどの程度の(言葉の本来の意味における)成長を期待することがゆるされるか――これがよい大学の「よさ」の意味である――は、設置されている外国語科目の多様性を手がかりとして測ることができるように思われる。私のように、西洋方面の人文系の領域を専門とするのなら、英語、ドイツ語、フランス語、ギリシア語、ラテン語という主な5つの言語の初歩を習得することは必須であるけれども、たとえ語学を特に必要としない分野を専門とする場合でも、また、語学に特別な関心がないとしても、新しい外国語への扉がどのくらい豊かに用意されているかは、その大学が学生の成長を真剣に考える度合いに正確に相関し、その標識となるように見えるのである。つまり、学生の成長を可能にするという意味においてよい大学ほど、多くの種類の外国語をカリキュラムに取り入れているように思われるのである。

 私自身が学んだ大学では、英語以外に複数の外国語の授業を1年生から並行して選択科目として履修するオプションがあり、2年生の終わりまでに上記5言語の初歩的な部分を身につけることができた。学生時代の私は、これを当然のこととして受け止めていたけれども、冷静に周囲を眺めるなら、これは大変な幸運であったのかもしれない。大学在学中に英語以外の語学を1つしか習得することができなかった学生の目に映る世界は、在学中に5つの言語を学ぶ機会のあった者の前に広がる世界と比較し、奥行きを欠いたもの、そして、くすんだものとなることを避けられなかったはずだからである。

人文学、特に外国語を学ぶオプションが豊かな大学ほど入学者の偏差値が高い

 まして、最近では、文系でも、英語以外の外国語科目を設置しない大学が少なくない。首都圏の片隅にある社会科学系を中心とするある小さな大学のカリキュラムには、最初から英語以外の外国語科目がない。選択必修の外国語科目がないばかりではなく、英語以外の外国語は、選択科目にすら見当たらないのである。そして、名称の点では「大学」であっても、実質的には「知のシベリア」と表現するのがふさわしいこのような不毛の環境で学生時代を過ごす者には、どのような「成長」が許されるのであろうか。そして、みずからの地平を更新し、みずからの存在可能性へとフリーハンドで身を開くどのような機会が与えられるのであろうか。

 ところで、「よい」大学の「よさ」を学生の成長の可能性の豊かさに求めるとき、この豊かさは、設置された外国語科目の多様性と相関するばかりではない。不思議なことに、この多様性は、入学者の偏差値ともまた、大体において相関する。言い換えるなら、入学者の偏差値が高い大学ほど、多くの種類の外国語をカリキュラムに取り入れているように見える。人文系、特に外国語科目の充実と入学者の偏差値のあいだには、強い相関関係が認められるように思われるのである。

 したがって、学生の成長を促す「よい」大学を目指すのなら、最初になすべきなのは、「実学」や「就業体験」や「職業訓練」にリソースを投入することではなく、資金が許すかぎりにおいて人文学を学ぶオプションを増やすこと、特に多くの外国語学習のオプションを増やすことでなければならないはずである。

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社会に出ると勉強しなくなる日本人

 しばらく前、次のような記事を読んだ。

「学び直し」しない日本の会社員人生は危ない | 高城幸司の会社の歩き方

 日本人は、大学をいったん卒業して民間企業に就職してしまうと、その後、「学び直し」による知識や技能や認識の更新がほとんど行われない。25歳以上で大学に入学する者の割合が2パーセントしかなく、これは、OECD諸国で最低である。それは、「学び直し」を阻碍する風土が企業にあるからである。上の記事には、このようなことが書かれていた。

大学は、社会に直に役立つことを学ぶ場所ではない

 もっとも、大学は、企業社会に奉仕するためにあるわけではなく、ビジネスに役立つことを勉強するための場所でもない。

 むしろ、一度社会に出たあとでふたたび大学で学ぶことの意義は、社会から距離をとり、企業の中に身を置いているかぎりは得られなかったような視点を社会について持つことである。

 企業が大学に何を期待しているのかは知らないが、大学には、企業の期待に応える義務はなく、大学での「学び直し」が会社員の「人材」としての価値を向上させる保証もない。大学は、企業の従業員を「オーバーホール」する場所ではないのである。

 自分を根本的に変革する覚悟をもって大学に戻るのでなければ、学び直しは単なる時間の無駄に終わる可能性が高いように思われる。

日本の大学は多様性を欠いている

 ただ、一度社会に出て働いた経験のある者が大学に戻ってくることは、大学にとっては得るところが大きい。というのも、キャンパスに多様性が生まれるからである。

 もともと、日本の大学の学生は、外国、特にヨーロッパやアメリカの大学の学生とくらべて均質的である。つまり、学生が大学で出会うのは、自分と同じような年齢、自分と同じような家庭環境、自分と同じような関心の学生ばかりであり、ものの見方や経験の点で、キャンパスライフから学ぶべきものは――ゼロではないとしても――決して多くはない。

 日本の大学生に留学が推奨されるとき、その理由として、海外の大学では、今まで知らなかったものの見方や考え方に触れることができるという点が挙げられることが多い。日本の大学のキャンパスが多様性に乏しいことを示している。

社会人の「学び直し」はキャンパスに多様性を与える

 だから、日本でも、アメリカの大学と同じように、10歳年長の学生、20歳年長の学生と机を並べることが普通の光景になるなら、勉強においてもその他の学生生活においても、大学は、にわかに活気に満ちたものとなり、大学全体のレベルが向上するに違いない。

 一度社会に出てから大学に戻ってきた学生は、勉強すること、あるいは学生生活を送ることに対して自覚的であり、社会生活において必要とされる知識をよくわかっているから、若い学生は、高校の延長のようなつもりで学生生活を送ることを当然と思わなくなり、社会と自分との関係に注意を向けるようになるはずである。

 以前、少人数の授業で「源実朝」について1人の学生に質問したことがある。(何がきっかけだったのかは憶えていない。)そのとき、その学生は、源実朝が誰であるか答えられなかったのだが、答えられない理由として学生の口から出てきたのが、この記事のタイトルである。実際、現在の普通の大学生にとっては、「日本史を高校で履修していない」という事実が、源実朝について知らないこと、そして、調べることもせず「知らない」と答えることを正当化してしまうようである。

 もちろん、「日本史を高校で履修していないから、源実朝について知らなくてもかまわない」などということが社会で許されるはずはなく、知らなければ、調べて覚えるのは当然の義務であるけれども、極端に均質化された現在の大学では、学生がこの点を自然な形で気づく縁を見出すことはできない。社会人学生がキャンパスに増え、キャンパスが多様化するなら、「日本史を高校で履修していないから、源実朝について知らなくてもかまわない」など、大人の世界では通用しない意味不明の理屈であることが否応なく明らかになるに違いない。

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Boys of Spring

勉強を続けていれば、誰もが大学の専任教員になることができるわけではない

 大学の専任教員になってから18回目の春が来た。

 毎年、新年度のこの時期は、新しい時間割や新しい雑用に慣れず、多少疲れている。だから、ゴールデンウィークまでの日数をカウントダウンしながら、毎日をやり過ごすのが普通である。

 ただ、それとともに、この時期、私はいつも、同じ感慨を抱く。それは、大学の専任教員の身分についてである。

 大学の専任教員、特に比較的名の通った大学の専任教員の中に、時間的な余裕がないとか、研究資金が足りないとか、雑用が多いとか、学内の制度がよくないとか、文部科学省が鬱陶しいとか、このような愚痴をフェイスブックやツイッターを使って拡散させている人々が少なくない。たしかに、私自身、大学の片隅に身を潜めているから、これらの問題が決してどうでもよいわけではないことは承知している。また、このような人々は、ただ愚痴を言っているだけではなく、それぞれが置かれた環境を改善するため、具体的に努力を続けているのであろう。

 けれども、大学の専任教員というのが、ある意味において「少数の選ばれた人々」であるという事実もまた、決して見過ごされてはならないと思う。

 大学を卒業し、大学院に進み、博士課程を修了して学位を始めとするしかるべき資格を取得すれば、誰でもどこかの大学の専任教員になることができるわけではない。むしろ、大学の専任教員のポスト1つの公募に対し、何十人、いや、場合によっては百人を超える応募があるのが普通であり、公募件数が特別に多い分野(たとえば英語やスペイン語のような)でないかぎり、大学院の博士課程を修了して博士号を取得し、さらに、何年にもわたり、何十件もの公募に応募しても、結局、どこにも採用されず、大学の専任教員になることができないまま一生を終える人の方が、(少なくとも人文科学系では、)断然多数派なのである。

 このような人々の中には、学界から静かにフェイドアウトしてしまう人もいれば、本務校を持たないまま、劣悪な労働条件のもとで「専業非常勤講師」として研究と教育に関与し続ける人もいる。(専業非常勤講師の問題については、以前、次のような記事を書いた。)


大学の非常勤講師の何が問題なのか : AD HOC MORALIST

待遇を考えるべきなのは「専業非常勤講師」 何日か前、次のような記事を見つけた。非常勤講師が雇用確認申し立て 東京芸大は「業務委託」:朝日新聞デジタル 大学の非常勤講師の身分をめぐる問題は、何年も前から、繰り返し報道されてきた。私の好い加減な記憶に間違いが

専任教員になれなかった何倍もの人々の複雑な気持ちを背負う

 大学の専任教員になるには「適齢期」というものがある。たしかに、文部科学省が年齢による差別を禁止しているから、現在では、募集の条件に年齢制限が明記されることはない。それでも、常識的に考えるなら、人文科学系の場合、(任期なしの)専任のポストを最初に獲得する年齢は、よほど特殊な分野でないかぎり、40歳前後が事実上の上限になる。40歳前後までにどこの大学の専任教員にもなることができなかった人は、その後の人生において大学の専任教員にはなる可能性はほとんどないであろう。

 大学の専任教員というのは、研究者の広い裾野――こういう言い方が失礼に当たらないとするなら――に支えられた頂上のようなものである。専任教員のあいだで交わされている愚痴など、専任教員になりたくてもなれなかった人々にとっては気楽な「空中戦」のようなものであると言うことができる。言い換えるなら、1人の専任教員の背後には、専任教員になることができなかった何倍、何十倍もの研究者、元研究者、研究者予備軍などがいるのである。

 もう何年も前になるが、ある元プロ野球選手――駒田徳広氏だったと思う――が、どこかのテレビ番組で、おおよそ次のような意味のことを語っているのを聞いた。「実際にプロ野球選手になる若者の何倍、何十倍もの若者がプロになるために必死で努力し、しかし、結局、ほとんどはプロになることができず、別の人生を歩むことを余儀なくされる。だから、プロとして一軍でプレイすることができる自分たちは、プロになりたくてもなれなかったたくさんの人々のかなわなかった夢や期待を背負い、このような人々の気持ちに応えるような仕事をしなければいけないと思っている。

 同じことは、大学の専任教員についても言うことができる。いや、野球を始めてからプロ野球選手になることを最終的に諦めるまでの期間が10年程度であるのに対し、研究者として身を立てることを志してから、この志を諦める決断を強いられるまでの年月が30年近くになることを考えるなら、プロ野球選手が背負う夢や期待よりも大学の専任教員が背負う夢の方が重く、また、屈折したものとなるであろう。

 大学の専任教員が大学、文部科学省、学界などへの苦情をSNS上で吐き出すことがそれ自体として悪いわけではない。ただ、研究者の道が閉ざされた多くの人々を代表しているという――あるいは恨み(?)――ことをときどき思い出し、自分が置かれた立場をこのような観点から見直すこともまた、決して無意味ではないように思われる。

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 今から30年前つまり1987年というのは、私が大学に入学した年である。「時間が経つのは早いものだ」「齢をとったな」などという月並みな感想がすぐに心に浮かぶ。

 私の場合、すでに大学に入学したときには、大学院に進学する可能性を漠然と想定していた。(だから、バブル景気の時代にもかかわらず、就職活動を一切せず、洋書と格闘する日々を送っていた。)現在の私の生活は、職業との関係だけを考慮するなら、30年前の私から見て「予想の誤差の範囲内」である。むしろ、路頭に迷うことなく、不本意な仕事で生計を立てているわけでもないという点では、「大学入学当初に目標としていたことの最低限はすでに達成された」と言えないことはない。

 とはいえ、私には、何の留保もなく「この30年の歩みは何も間違っていなかった」と自分自身に胸を張って言うことはできない。やはり、それなりに大きな迷いや失敗があり、人生を投げ出しそうになったことが何回もある。

 以前、私は、次のような記事を投稿した。


人生における「漂着してしまった感」 : AD HOC MORALIST

人生で最初に仕事を持ってから、あるいは、初めて就職するときから、私たちは、「なぜこの仕事に就いているのか」「なぜこの職業を選んだのか」などの問いにたえずつきまとわれる。おそらく、人生を終えるまで、この問いから解放されることはないのであろう。 もちろん、

 自分のこれまでの人生を「なりたい自分」の実現へと向かう一筋の道として語る人がいるけれども、私は、何か不自然なもの、非人間的なものをそこに感じる。人生には、説明のつかぬ回り道や脱線があるのが普通であり、自分の人生を語る言葉が「漂着してしまった」という一種の気恥ずかしさのようなものを帯びることこそ、自然であり、人間らしいように思われるのである。

 今の私が今の職場で働き、今の人間的な環境に身を置いているのは、ある意味では、すべて偶然の結果である。自分の履歴や現状を「なりたい自分への一里塚」として無理やり正当化することは必要ではない。とはいえ、自分の人生について、これをあとから振り返り、「特に大きな失敗をしたわけではないが、積極的に思い出したくはない」と感じるなら、それは、あまり好ましい人生ではなかったと考えるべきである。むしろ、好ましい人生とは、「失敗ばかりではあったかも知れないけれども、それでも、全力で抱きしめたい」ものとして回顧しうるようなものでなければならない。そして、人生の終わりにあたり、過去をこのように回顧すること、つまり、表面的な成功/失敗には関係なく、人生を満足すべきものとするためになしうることは、ただ1つしかない。すなわち、「今でなければできないことを最優先で実行すること」である。大学に入学してから30年を経過した現在の私が、大学に入学したばかりの30年前の私に何かをアドバイスするなら、この1点を強調したいと思う。

 大学生には、「しないよりはした方がよいこと」が山のようにある。「将来の生活のためにしておいた方がよいこと」の優先順位は、特に高く感じられるであろう。しかし、大学生が何よりも優先すべきは、「今でなければできないこと」つまり「大学生のあいだでなければできないこと」であり、「社会に出たらできないこと」であると私は考えている。もちろん、「今でなければできないこと」あるいは「大学生のあいだでなければできないこと」の内容は、人によって区々であり、これに該当するものは、一人ひとりが考えて見つけなければならない。

 私の場合、学生時代の生活時間の大半は、「今後数年のあいだの生活あるいは研究に役に立つことが明らかな知識や技術の習得」と「家族関係の雑用処理」に費やされていた。だから、旅に出ることもなく、サークルに入ることもなく、新しい趣味に時間を使うこともなかった。当然、対人関係はきわめて貧弱であり、少なくとも学部生のころは、誰かとの付き合いから刺戟を受ける機会はなかったと思う。これは、たしかに無駄のない生活ではあるけれども、どうしても必要なことを効率的に片づけるだけの生活であり、したがって、それぞれの瞬間を楽しむ生活ではなく、この意味において、決して楽しいものではなかった。(だから、私は、二度とあの時代に戻りたくはない。)


「今、ここ」にとどまることとしての幸福 : AD HOC MORALIST

幸福の意味を哲学的に考える。


 しかし、人生を豊かなものとするためには、その時々にしかなしえないことは何かをつねに必死で考え、これを見つけて実行することを怠ってはいけない。(必要もないのにアルバイトに明け暮れたり、スマートフォンをダラダラといじったりすることは、人生の貴重な時間をドブに捨てるのと同じことである。)

 人生の大切な30年前の私、大学に入学したばかりの私が今の私の前に姿を現したら、私は、「将来のためにしておくべきこと」よりも「今でなければできないこと」を優先するよう、全力でアドバイスするであろう。

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Sunday

研究者には、カネと時間が慢性的に不足している

 自分で調査したことがあるわけではないけれども、大学の教員が口にする苦情の上位2つは、間違いなく「研究資金がない」と「研究時間がない」である。

 これら2つで、大学の教員が口にする可能性のある苦情全体の90%を占めているに違いない。もちろん、「体調がすぐれない」「隣の研究室がうるさい」「学生がバカだ」など、研究生活において出会われる問題は少なくないとしても、カネと時間さえあれば、問題の大半は解消されるということなのであろう。

 実際、授業、会議、書類作り、試験監督などに時間を奪われ、研究テーマに集中することが難しい研究者、あるいは、(特に国立大学の理系の場合、)競争的研究資金が思うように獲得できず、そのせいで研究を進めることができない研究者はいたるところに見出される。このかぎりにおいて、現在の日本の大学の教員は、「労働者」にかぎりなく近づいていると言うことができる。

理系と文系では、必要とするカネの規模が違う

 ただ、時間とカネのあいだには、若干の違いがある。すなわち、時間の不足が専門に関係なく多くの研究者に共通の悩みであるのに反し、カネの方の悩みは、2つの点において研究分野によりその内容を異にしているのである。

 まず、誰でも知っているように、理系と文系では、必要となる研究資金の規模がまったく異なる。もちろん、「理系」「文系」と総称されるそれぞれのグループは、決して一様ではない。「理系」にも、実験の比重が必ずしも大きくない数学のような分野があり、同じように、「文系」と言っても、社会心理学や人類学のようにフィールドワークが必須の分野がある。それでも、全体としては、理系の方が文系よりも多くのカネを必要とすることは確かであり、また、文部科学省と日本学術振興会が配分する科学研究費補助金に代表される競争的研究資金も、大半が理系の研究に配分される。理系の方は、配分先の研究分野が細かく区別されているのに対し、文系の方は、「人文社会科学」という雑な分類にすべてが押し込められているのである。

理系の研究はつねに資金を必要とするが、文系、特に人文科学はそうではない

 しかし、研究分野によるカネをめぐる事情の差異に関し、さらに目立つのは、カネをもっとも必要とする時期である。

 理系の場合、研究資金というのは燃料のようなものであり、研究が進行しているかぎり不足することを許されないものである。理系、つまり自然科学では、「最新」と「最良」が同一であり、「最新」をつねに追求していなければならない以上、これは仕方がないことであるに違いない。研究資金との関係で言うなら、自然科学の研究成果というのは「砂上の楼閣」のようなものなのである。

 これに対し、文系、特に人文科学(伝統的には「哲史文」、つまり哲学、歴史、文学の三分野を指す)では、事情が異なる。必要となるカネが少額で済むばかりではなく、カネがないと研究が完全に停滞してしまうこともないのである。なぜなら、自然科学において研究資金が燃料として消尽されてしまうのとは異なり、人文科学の場合、研究のためにそれまでに投資された資金の多くは、再利用可能な研究成果や資料として蓄積されて行くからである。人文科学に投入された研究資金は、すでに手もとにある資産に新しいものを付加するために使われるのである。一度に投入する金額が少なくても、研究がすぐに滞ることがないのはそのためである。

人文科学では、研究者のキャリアの初期段階でカネがかかることが多い

 私の個人的な経験の範囲では、学部生の時代を文学部で過ごし、そのまま人文系の大学院に進学し、さらにそのままアカデミックな仕事に就くというキャリアパスにおいて、研究資金が一番必要になるのは大学院の博士課程のころである。基本的な研究資料を手もとに揃えることが必要になるからである。

 業績を作るには絶対に必要だが大学の研究室にはない、それどころか、国内の大学のどこにもない資料がある場合、たとえチラッと見れば済むものであるとしても、これを手に入れるには、相当なカネが必要になる。私自身、大学院生の博士課程に在籍していたころには、人生で最初の――そして、今のところ最後の――借金を背負った。各種のレファレンス、全集、叢書、研究文献などを必要な範囲で手に入れるためである。(特に、私の研究対象に関する文献は、大学の研究室にはほとんど何もなく、ゼロからすべて集めなければならなかった。)

 実際、大学院生のころ、ある文献を読んでいたら、有名な研究者が「○○が書いた△△という本があり、××という文献に言及があるが、自分は肝心の△△を見ていないから影響関係について断定的なことは言えない」という意味のことを書いているのを見つけた。

 私は、これを見て、「それなら、△△を絶対に手に入れてやる」と考えた。ところが、図書館で調べたところ、この△△という本は、国内の大学図書館のどこにも所蔵されていないことがわかった。そこで、仕方なく、大学の図書館を経由して、ドイツのある大学図書館からこれを航空便で取り寄せた。もちろん、自費である。そして、業者に頼んで、この本――18世紀の本だった――の全部のページをコピーし製本してもらった。これも自費である。本を取り寄せてコピー、製本するのに、合わせて約10万円の費用がかかった。また、このころは、神田の崇文荘書店や北沢書店に毎月のように通い、たくさんの本を注文していた。カネはいくらでも必要であった。

 ただ、このようにして手に入れた本は、20年以上経った今でも私の書架に収まっており、資料として半永久的に使用することができる。人文科学の場合、どれほど高額なものでも、一度買ってしまえば、多くは、たえず更新しなければ使い物にならなくなる、などということはない。また、更新が必要となる場合でも、古いものに新しいものが付加されて行くのが普通である。したがって、「初期費用」は相当な規模になるけれども、その後は、時間の経過とともに研究資金の「必要最低限度額」は、急速に減少して行く。

 何千万円ものまとまった研究資金が必要になることは、カネを使うことをそれ自体として目的とするような意味不明の共同研究でも企てないかぎり、ほとんどないに違いない。また、何千万円もする高額な資料を必要とする研究がないわけではないけれども、このような資料は、大抵の場合、国内の研究者の誰かがすでに買ってどこかの大学図書館に入れている。所蔵している大学図書館から取り寄せれば、カネは一銭もかからない。

 だから、人文科学については、大学の専任教員になってしまった者よりも、むしろ、どちらかと言うとキャリアの初期の段階にある研究者を手厚く支援することにより、大きな成果を期待することができるはずである。カネをもっとも必要とするのが初期の段階だからである。

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