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 アメリカの社会学者エヴェリット・ロジャーズによれば、消費者は、新しいものに対する態度によって5つの階層に分かれる。すなわち、新しいものの受容に積極的である順に、「イノベーター」「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」「ラガード」の5つの階層が区分されるとロジャーズは考える。この考え方は、一般に「イノベーター理論」と呼ばれ、現在では、マーケティングにおいて広く用いられているようである。

 イノベーターは、新しいものを前のめりに取り入れるクラスターであり、アーリーマジョリティがこれに続く。ロジャーズによれば、両者が消費者全体の約16%に相当し、これら2つの階層によって受容されることにより、新しいものは、残る3つの階層に一挙に浸透して行くと考えられている。たしかに、これまで、流行することによってライフスタイルに変化を与えたような商品の多くは、このイノベーター理論に沿うような仕方で社会に受け容れられてきたと言うことができる。

 もちろん、新しい商品やサービスを取り入れるのに積極的な人々とこのようなものに慎重な態度をとる人々のあいだに優劣があるわけではない。社会の変化に乗り遅れないために新しい商品をやむをえず購入するのでないかぎり、満足の度合いは誰でも同じであろう。

 ただ、大衆化した社会において、新しいものをもっとも早く取り入れるイノベーターは、ある種の「悲哀」を免れることができない。というのも、イノベーターが最初に始めたこと、イノベーターが最初に受け容れたものがイノベーターに続くクラスターへと浸透し普及して行くとともに、商品やサービスの使われ方は、否応なく変質するからであり、イノベーターは、(商品やサービスの浸透がよほどゆっくりでないかぎり、)これを見守らざるをえないからである。

 イノベーターが新しいものを受け容れたのは、それが特別なものだったからである。つまり、その商品やそのサービスを使うことは、イノベーターにとっては、アイデンティティの核心をなす。しかし、「レイトマジョリティ」や「ラガード」へと浸透した商品は、もはや特別なものではなく、コモディティとして扱われる。当然、特別な自覚もなく知識もないこれらのクラスターのもとで、商品やサービスは、誰でも使いやすいものへと姿を変えたり、万人受けするような使い方が支配的になったりするはずである。そして、イノベーターの目には、この事態は、遅れてやってきた大衆が自分のアイデンティティの核心をなす商品やサービスを食い散らかしていると映る。(しかも、大衆は、自分たちが使い始めた商品をイノベーターがどのように使っていたのか、などということには関心を持たないし、イノベーターに敬意を払うこともない。)自分が一種の覚悟とともに受け容れたものが大衆に浸透し、変質すること、そして、自分のアイデンティティの一部が陳腐化して行くこと、これがイノベーターの悲哀の意味である。