Hippo Mouth

 体調を崩したり疲労がたまったりしたとき、身体のどこかにサインが現われると便利である。蕁麻疹ができたり口内炎ができたりする人もいるが、私の場合は、歯が痛くなる。そして、歯が痛くなったら、誰から何を言われようと、休息をとることにしている。

 去年の春、旅行していたとき、歯が突然痛みだした。痛みは強烈で、熱が出たため、痛み止めを飲んで熱と痛みを抑え込み、東京に戻ってから歯医者に駆け込んだ。

 私は、嘔吐反射がひどく、歯医者が苦手だった。そのため、ながらく歯医者には行っていなかった。かつて通っていた歯医者では、嘔吐反射で嫌味を言われたこともあり、去年は、歯医者を新たに捜すところから始めた。

 まずネットで調べてから電話をかけ、嘔吐反射がひどいことを説明し、それでも対応してもらえるかどうかを一応確認してから診察を受けた。もし困ると言われたら、別を当たるつもりだった。

 痛みがひどい歯は、かつて大々的に削って金属をかぶせたところだから、ここが虫歯になっていたら、治療はさぞ大変なことになるに違いない、と半ば観念していた。ところが、X線で口の全体を撮影し、さらに、あちこち調べてもらったところ、少なくとも痛みの原因は虫歯ではないという診断が出た。大々的に削って神経を取ってしまった歯があるが、これは、それ自体は何ともない、という話だった。(もし本当にこの歯に虫歯ができて、それが原因で痛みが出ているなら、そのときの痛みは、市販の痛み止めが効くようなレベルではない、とも言われた。)

 ただし、 この歯の根元には細菌がいる可能性があり、元気なときには問題ないが、疲れてくると、腫れたり痛んだりすることがある可能性があり、今回は、それに該当する、だから、唯一の治療法は休息をとることだ、というのが結論だった。

 私は、いい話を聞いた、と思った。
 
 私は、もともと、体力がある方ではなく、子どものころから、何となく疲れていることが多い。 しかし、疲れたと感じても、ただ目の前の仕事をやりたくないだけなのか、それとも、本当に疲れているのか、自分でも区別がつかない。だから、疲れていても、怠けていると周囲から思われたくないから休まないことが多かった。

 しかし、私が疲れを自覚しているかどうかに関係なく、疲れているときには歯が痛むということであるなら、歯が痛みだしたら、それは、「疲労のサイン」と受け取ってよい、いや、受け取らなければならない。問題の歯を削ったのは中学生のときで、それ以来、去年まで30年以上、痛むということはなかったが、これからは、自分がつかれているかどうかは、この歯に尋ねればよいことになる。これは、実に便利である。