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少し「せこい」ことは確かである

 10日ほど前から、タレントの「グッチ裕三」氏が、みずからが出演した番組内で複数回にわたり宣伝した東京のメンチカツ専門店が氏自身の親族によって経営されていたものであることがわかり、ネットニュースやSNSで繰り返し批判的に取り上げられている。

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 自分の親族が経営にかかわっているという事実を隠して店を宣伝することが、テレビの視聴者のあいだで「ステルス・マーケティング」に相当すると見なされたからである。


浅草メンチ

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 たしかに、「グッチ裕三」氏の親族が経営する店であるという事実が伏せられていたことは、視聴者にとっては、決して気持ちのよいものではないであろう。

 ただ、そうであるからと言って、「グッチ裕三」氏の発言をただちに「ステマ」として批判することが許されるわけではないように思われる。

 理由は2つある。

〔第1〕「ペニーオークション」とは異なる

 私たちが「ステマ」という言葉を耳にしてただちに連想するのは、今から5年前、2012年に明らかになった「ペニーオークション詐欺事件」であろう。少なくとも日本の場合、これが「ステマ」の典型と見なされていることは確かである。

 それでは、「『ペニーオークション詐欺事件』で明らかになったようなもの」と「ステマ」を定義するなら、今回の「グッチ裕三」氏の事件は、「ステマ」に含まれるであろうか。答えは、明らかに「否」である。今回の件をこの意味における「ステマ」に分類することはできない。なぜなら、今回の問題はただ一つ、「グッチ裕三」氏が自分が紹介した店の経営に親族がかかわっていることを明らかにしなかった点だけだからであり、

    1. 氏が紹介した店で商品を購入するため代金を支払ったが、商品を受け取ることができなかったわけではなく、
    2. 不当に高額の代金を要求されたわけでもなく、
    3. 購入した商品の品質が氏の紹介よりもいちじるしく劣っていたわけではなく、
    4. 問題の店で購入された商品が原因で健康被害が発生したわけでもないからである。

 つまり、ここでは、法律の範囲内における普通の商行為が成立していたのであり、消費者が客観的な証拠をともなう何らかの損害を被ったわけではないのである。

〔第2〕ブログやSNSではなく民放のテレビ番組内での紹介であった

 第二に、民放の番組内で出演者が何らかの「店」や「商品」を紹介するときには、誰がどのような文脈で紹介するものであるとしても、(ニュースやドキュメンタリーを除き、)最低限のメディア・リテラシーを具えた視聴者なら、これを何らかの意味における「宣伝」として受け止めているはずである。旅行ガイドブックに掲載されている飲食店や土産物屋の記事が基本的にすべて広告であるのと同じことである。

 民放のテレビドラマなど、基本的には「動くファッションカタログ」であると言うことができるけれども、もちろん、放送局がテレビドラマを勝手に「動くファッションカタログ」に仕立て上げたのではない。テレビドラマを「ファッションカタログ」として視聴する傾向が視聴者の側にもともとあり、放送局は、視聴者の需要に応えているにすぎないのである。

 今回の場合、問題の店が紹介されることになったのは、氏の親族が経営にかかわっている店以外に、番組で宣伝するのに適当な店が見当たらなかったからにすぎないと考えるのが自然である。

 たしかに、「グッチ裕三」氏がみずからブログやSNSで店を紹介していたなら、これは「ステマ」(厳密には「ネイティヴ広告」と呼ぶべきであろう)に当たる。ブログやSNSは、「広告媒体として使うことができる」だけであり、民放のテレビ番組とは異なり、それ自体は広告媒体ではないからである。それでも、視聴者がブログやSNSを使って「グッチ裕三」氏の紹介を拡散させたとしても、それは、視聴者の責任であり、「グッチ裕三」氏とは関係がない。

 民放の番組が全体として「広告的」であることを知らずに視聴している者には、「グッチ裕三」氏を批判すべきではない。批判する前に、最低限のメディア・リテラシーを身につける努力をまずすべきであろう。

民放のテレビ番組にそこまでの「潔癖」を求める理由がわからない

 そもそも、私には、視聴者が民放のバラエティ番組にそれほどの「潔癖」を求める理由がわからない。

 たしかに、問題の店の客の大半が、メンチカツを購入するためだけに「グッチ裕三」氏の親族が経営する店に遠くから足を運び、何時間も待って商品を手に入れるのであるなら、店の商品の価格や品質は、移動や行列のために費やした時間、体力、交通費などに見合うものであるのかどうか、厳しく吟味されるであろう。

 けれども、今回の件で問題になったのは、商品を購入するために遠くからわざわざ足を運ぶような店ではない。店が想定するのは、主に観光地を訪れた旅行者の買い食いであるはずである。つまり、客の大半は、現地を訪れた「ついで」にメンチカツを購入するのである。(だから、メンチカツを食べることをそれ自体として目的とする客のために、問題の店は、商品の通信販売を実施している。)

 したがって、もともと問題のメンチカツの品質が旅行者一人ひとりの「観光」に与える影響は大きいものではなく、上述の「ペニーオークション詐欺事件」とは異なり、「『グッチ裕三』の紹介」であることに引きずられて「買わされてしまった」ことがあとからわかったとしても、今度は、この事実が、旅行を形作る経験の一つになるはずである。(メンチカツが非常に不味かったとしても、同じことである。)

 今回の件で「グッチ裕三」氏を非難している視聴者というのは、氏のことがもともと嫌い――私も、別に好きではない――であるか、あるいは、民放のバラエティ番組が「公正中立」(?)であるという幻想を抱いているかのいずれかであるように思われるのである。