もう20年近く前の秋の初め、西日本の某地方都市に仕事で行き、ホテルに泊まったことがある。

 翌日の朝、もうろうとしたまま、朝食をとるため食堂に行った。(朝食つきのプランだった。)地元資本の貧寒としたホテルの食堂で、これもまた何となく貧しげなセルフサービスの朝食をとって席につき、ボンヤリと周囲を眺めていたとき、今でも忘れられない光景を目にした。

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 すぐ横のテーブルで、高齢の夫婦が、私よりも先に食堂に来て朝食をとっていた。彼らは二人とも、それぞれ1つの大きな皿に料理を盛りつけ、これを箸で食べていたのだが、その同じ皿の上には、コッペパンが載っていた。料理は箸でとるとしても、コッペパンは手でちぎって食べるだろうと思ってぼんやりと眺めていたところ、その二人は、相次いでコッペパンを箸でつまみ、そのまま口に運んだのである。

 これにはさすがに 驚いて、目がいっぺんに覚めた。

 あれから今まで、いろいろなホテルに泊まり、いろいろな飲食店で食事したが、コッペパンを箸で食べる客は見たことがない。 

 ステーキ、カレーなどを箸で食べるというのは見たことがある。ケーキを箸で食べるという知り合いもいた。だから、少しくらいのことでは驚かない。それでも、パンを箸で食べる光景には違和感を覚えた。

 本人たちのつもりとしては、パンはコメの代用品であり、主食だから箸で食べるのに何の不都合もないということなのだろう。(「パンは主食」というのは、本当は正しくないのだが、ここでは問題にしない。) 

 それでは、ステーキやケーキは箸で食べる日本人が一定数いるのに、なぜ箸でパンを食べることには違和感を覚えるのか。理由はいくつか考えられる。

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 まず、パンは、箸でちぎることが難しい。したがって、一口サイズにあらかじめ切り分けられていれば、箸で食べることに違和感はないかも知れない。

 さらに、欧米では、パンはステーキが食べものであるというのと同じ意味で「食べもの」と見なされているか、少し微妙である。パンというのは、料理の添えものであって、伝統的なヨーロッパの食卓では、いわば「食べられるカトラリー」として扱われてきたと言うことができる。したがって、16世紀以降、イタリアから始まってフォークがヨーロッパに普及し、手づかみの食事が姿を消す過程でも、パンについてだけは手で食べる習慣が残ったのは、食卓での位置づけが曖昧だったからであるに違いない。「パンは主食」が間違いであるというのは、こういうことである。もっとも、日本では、パンは「主食のようなもの」として扱われてきたから、このような見方は当てはまらないかも知れないが。

 実際、いくら日本人でも、 ピッツァを箸で食べることはないのではないかと思うが、それは、ピッツァがパンに似ているからであると考えることができる。また、ハンバーガーやサンドイッチを箸で食べるというのも、聞いたことがない。(もっとも、前に書いたことが正しいとすると、一口サイズのサンドイッチなら箸で食べる日本人がいる可能性はある。)