壁向きカウンター席_(23432952720)

店に背を向ける席の不思議

 私は、普段は、所用のある場所を最短の経路と時間で移動するよう予定を組んでおり、外出先で「時間をつぶす」ことはあまりない。それでも、この数年は、授業の時間割の関係で、週に1度、早朝に職場の近くのチェーンのコーヒー店(カフェ)に立ち寄り、約1時間を過ごす過ごすことにしている。

 今年の4月、約3ヶ月ぶりでこのコーヒー店に行ったところ、店内の座席の配置が少し変化しているのに気づいた。

 この店は、平面が長方形をしており、その長い辺の1つが全面ガラス張りになって道路に面している。これまで、このガラスのすぐ内側には、2人が対面して坐ることができるテーブルと椅子のセットが3組置かれていた。椅子は、ガラスと平行に置かれており、ここに坐るとき、客は、ガラスを横に見ることになっていた。

 ところが、この部分のテーブルと椅子が取り払われ、その代わりに、窓に面してカウンター席が作られたのである。カウンター席に坐ると、客は、窓と向かい合い、そして、店に背を向けることになる。これは、ずいぶん不思議な体勢であるように私には思われた。

プライベートな空間を確保したいのか

 たしかに、このタイプの座席を持つコーヒー店は少なくない。実際、ボンヤリと眺めていると、このカウンター席から埋まって行くようである。ただ、私自身は、他に空いた席があるかぎり、コーヒー店でカウンター席を選ぶことはない。着席したとき、視野に十分な奥行きがある方が、私にとっては落ち着くからである。

 以前、電車の座席について、次のような記事を投稿したことがある。


電車に乗るとき、座席のどこに坐るか 〈体験的雑談〉 : AD HOC MORALIST

ロングシートはなぜか両端から埋まって行く 電車に乗ると、固定された座席があるのが普通である。(何年か前、通勤時間帯だけ座席が畳まれ、誰も着席できないようになる車両が東京のJRのいくつかの路線に導入されたけれども、これは、廃止されるようである。)座席が空いて

 多くの日本人は、誰も坐っていないロングシートに最初に坐るとき、左右いずれかの端を選ぶ。ロングシートの両端は、二方向が仕切られており、「隠れ場」や「居場所」になるからなのであろう。

 コーヒー店において窓や壁に向かい合うように着席するカウンター席が好まれるのもまた、同じ理由によるのであろう。すなわち、他の客や店の広がりが視界から消去され、洞穴に似た仮想的なプライベートスペースないし「縄張り」が産み出されることがカウンター席に期待されているに違いない。(全部の座席が衝立のようなもので仕切られているコーヒー店があれば、大人気になるはずである。)

コーヒー店にプライベートスペースを求めることは適切なのか

 しかし、電車のロングシートに最初に坐るときに中央を選ぶ私は、コーヒー店でも、店のほぼ中央、前にも後にもほどよい空間の広がりがある席を選ぶことが多い。そして、このような席からカウンター席の客を眺めるとき、これらの客の背中は、それぞれの「縄張り」を主張するとともに、コーヒー店の空間、その空間にいる客、その空間に配置されているさまざまなモノに対する積極的な拒絶の意思表示のように見えてしまう。

 そもそも、コーヒー店の座席にプライベートスペースとしての役割を期待するのは、必ずしも適切ではない。コーヒー店というのは都市における街頭の延長であり、このかぎりにおいてオープンな空間である。多くのコーヒー店がセルフサービスなのは、それが本質的に屋台だからである。

 したがって、コーヒー店で他の客に背を向けてプライベートスペースを確保しようとするのは、路上に自分の荷物を広げて縄張りを確保しようとするのと同じであり、決して好ましいことではないと私は考えている。都市における公共の空間とコーヒー店との連続を考慮するなら、路上でしない方がよいことは、誰からも咎められないとしても、コーヒー店でもまた避けた方がよいことになる。