Bakery

 自宅と最寄り駅のあいだの住宅街に1軒の小さなパン屋があった。このパン屋は、何年か前からその場所にあったが、私自身は、いつも前を通り過ぎるだけであり、店が開いていても、入ったことは一度もなかった。店内に客の姿を見かけることもあまりなかったように思う。

 数日前、このパン屋の前を通ったとき、普段なら開いている時間であるにもかかわらず、シャッターが下りていた。近づいてみると、閉店を知らせる小さな紙が貼りつけてあった。これは、口コミサイトではそれなりに高い評価を得ていた店だったが、系列店がすでに近くにあり、そこに統合されたのであろう。いずれ入ってみようかと思っていただけに、少し残念ではあった。

 ところで、このパン屋の開店時間は、午前9時であった。これは、周辺のパン屋の平均であり、特に遅くもなければ早くもない。しかし、私には、この時刻は、パン屋が店を開けるには遅すぎるように思われる。

 この閉店してしまったパン屋を含め、自宅の最寄り駅の周辺500メートルには、約10軒のパン屋がある。私が調べた範囲では、最初の店が開くのが午前7時30分である。そして、最後の店は、午前11時30分に店を開ける。飲食店が午前11時30分に開店するのはかまわない。また、床屋や花屋が午前11時30分に開店するとしても、特別に大きな問題を惹き起こすことはないであろう。しかし、パン屋については事情が異なる。ヨーロッパでは、(そして、おそらくアメリカでも、)平均的なパン屋は、通常、午前7時ころに店を開く。早ければ、午前6時台から店を開けているところもある。当日の朝食の食卓に並ぶパンを販売するためである。毎朝、起きぬけにパン屋に行き、焼きたてのパンを買って帰宅し、これをそのまま朝食にするわけである。

 なお、なぜ「焼きたて」が大切かと言うと、パンというのが本来は「足が速い」食品、つまり、鮮度が落ちるスピードが速い食品だからであり、買ってすぐに食べるか、さもなければ、小さく切って冷凍しなければならないからである。

 このような行動が現代のヨーロッパやアメリカにおいてどのくらい普通であるのか、私は知らないが、少なくとも、食生活のパターンや食品としてのパンの性格を考慮してパン屋の開店時間が設定されていることは事実である。午前9時に開店していては、当日の朝食用のパンを売ることなど不可能であろう。

 もちろん、日本の多くのパン屋の開店時間が午前9時、あるいは午前10時に設定されているのは、焼きたてのパンを朝食のために買う客が少ないからであるには違いない。しかし、パン屋の数が少ないわけではない。私の自宅から歩いて3分のところに、小さなパン屋がある。

 したがって、住宅街にあり、自宅から歩いて10分くらいのところにあるパン屋で焼きたてのパンが午前7時に手に入るなら、朝食前にパンを買う行動を習慣とすることができるようになる。日本人がスーパーマーケットで売られている食パン以外の選択肢を手に入れることにより、わが国のパンの平均的なレベルもまた、それなりに引き上げられることになるのではないか。私は、このようなことを弱く期待している。